34 おっさん、理解する
気がつくと、私はベッドの上に眠っていました。風景から、ここは有咲さんの部屋だと分かります。窓の外を見ると、どうやら時刻は夜。
付与魔法による反動で、かなりの時間を眠っていたようです。
「ふむ」
周囲を見回すと、ベッドの傍らには有咲さんが居ました。椅子に座り、私を見守るような位置で、うたた寝をしています。
きっと、私を看病してくれていたのでしょう。
有咲さんの思いやりが嬉しくて、ついにんまりと笑みがこぼれてしまいます。
が、それよりも今は考えるべきことが沢山あります。
まず、付与魔法は成功でした。一瞬でしたが、確かに私はカルキュレイターらしい力を得て、膨大な情報を処理したことにより得られる解、つまり無数の知識を手に入れました。
それこそ一瞬のことだったので、完全記録スキルに保存してある全ての知識を検証できたわけではないはずです。
しかし、それでも十分すぎるほどの素晴らしい解を得ることが出来ました。
まず、今まで私の考えて来なかったスキルの組み合わせを発見しました。これは期待していた効果ですし、さほど驚きはありません。やはり、私の知能では全てのスキル同士のシナジーを検証し尽くすのは難しかったのだと言えます。ほとんど把握もしていないスキル同士の組み合わせや、既に知っているスキル同士の思わぬ組み合わせなどもありました。
そして次に、魔法陣に関する知識が得られました。
こう言ってしまうと、非常に質素な結果のようにも思えますが、実際はとんでもない成果であると言えます。
そもそも、私はシュリ君から貰った本や、自分で入手した本などを読み、付与魔法を始めとするあらゆる魔法陣についての知識を蓄え続けてきました。
その情報も、もちろん完全記録スキルによって保存してあります。
そうした無数の魔法陣に関する知識の中には、いわゆる未解決問題、つまり研究による発展途上の情報や、未だ実現されていない空想の技術等が含まれていました。
カルキュレイターは、そうした無数の未解決問題を、あっさりと解決してしまいました。
これは、言うなれば私が魔法陣の専門家の最先端をゆくことになったのも同然です。未解決ということはつまり、シュリ君でさえ解決出来なかった問題ですからね。それら全てを理解できるようになった私は、この世界中の全ての魔法陣の専門家よりも深い知識を手に入れたようなものです。
そして、こうした魔法陣の知識は、今までの魔法陣が抱えていたあらゆる問題を解決します。エネルギー問題や、付与魔法で言えば付与の難易度の問題。そうした問題が解決されたならば、自由度は一気に広がります。
それこそ、私でさえ今まで不可能だった類の付与魔法が実現可能になります。
これにより、齎される利益は莫大です。間違いなく、私が今後の計画を進める上で有利に働くでしょう。
最後に。これは二つ目の知識、付与魔法の魔法陣とも関係のあることなのですが、別枠と言っていいほど重要な解を得ました。
それは、正直に言うと最強と言って差し支えない技術、知識です。
その知識に従い、付与魔法を実行すれば。私はきっと、この世界において何者にも負けないほどの圧倒的な力を得ることが出来るでしょう。
しかし、それには一つ難点があります。
「あ、おっさんっ! 起きてたのか!」
有咲さんが、不意に目を覚ましました。私は不穏な考えを振り払うように笑顔を浮かべます。
「よかった。マジ、倒れた時は焦ったんだからな。鼻と目と耳から血ぃ出して倒れやがって。心配させんなよ。ふざけんなよ、おっさん」
言いながら有咲さんはポカポカ、と弱く肩を叩いてきます。
「それは、申し訳ありませんでした。今後は気をつけます」
「ホントだよ。もう、二度とこんな無理すんなよ。嫌だからな、こういうの」
「はい、気をつけます」
無理をしません、とは約束できません。だから曖昧な返答をするしかありません。が、有咲さんも私がそうした意図を持っていると気付いているのでしょう。不満げに、口をへの字に曲げています。
が、今はこれ以上追求してきません。
「とにかく、無事で良かった。マリアさんが、差し入れに晩飯作って置いてってくれてるからさ。それ持ってくる」
「はい、ありがとうございます」
有咲さんは言うと、部屋を出ていきます。恐らく一階のウォークインで冷蔵しているのでしょう。事務所にある調理器具で温めてから持ってきてくれるはずです。
やはり、私の姪っ子は、本当はとても優しい子です。
だからこそ。やはり私は、最強になる選択肢を取るべきでは無いでしょう。
なぜなら、他ならぬ有咲さんを犠牲にする必要がありますから。
私がカルキュレイターを使用して導いた、私を最強にするための付与魔法。それは、有咲さんの命さえ危険に晒す、外道の技術です。
助けてあげたいと思っている人を犠牲にしては、元も子もありませんからね。
やはり、この技術は使うべきではない。封印するべきでしょう。
私は記憶の奥底に、その技術に関する知識を押し込みます。
可能なら、こんな力を使わなくて済むように、と祈りながら。