33 カルキュレイターとおっさん
ダンジョンから帰還した翌日。私は、いよいよカルキュレイターに関する『実験』を試みることにしました。
以前から、有咲さんのカルキュレイターというスキルには目をつけていました。ですが、その利用法に関しては、多岐にわたる為はっきりとは決まっていませんでした。
しかし、今回のダンジョン探索でスキルの性能についてかなり具体的な見解が得られました。なので、以前から考えていたとある方法を試してみようと思います。
「で、何するつもりだ?」
有咲さんを呼び出し、店の裏手に来てもらいました。私は地面へ次々と魔法陣を書き込んでいきます。
作業を続けながら、今回の実験の概要について話します。
「単純で、自然な話です。以前から、私が付与魔法を学び続けていたことは、有咲さんもご存知ですね?」
「おう。それのお蔭で、おっさんは色々魔道具を開発出来てんだろ?」
「はい。私が持つスキルを様々な物品に付与することで、普通の人には開発不可能な魔道具を低コストで生み出す。そのお蔭で、私の店は現在かなりの利益と知名度を得ることに成功しています」
最初は照明魔石から始まり、今では多種多様な雑貨、冷蔵されたお酒を扱っています。いずれは今回手に入れたオリハルコン等を利用し、戦時の特需を狙った武器、防具の販売にも着手する予定です。
が、今回はそうした商品開発とは別の視点で付与魔法を使います。
「で、そうした経緯からも自明な通り、付与魔法はスキルを付与することも可能なわけです」
「そりゃ、そうだろうけど。何が言いてぇんだよ?」
「カルキュレイターは、スキルですよね?」
私が言うと、有咲さんはハッと気付いたような顔になります。
「おっさん、まさか!」
「はい、付与魔法で、有咲さんのカルキュレイターを私に付与してみようと思います」
単純かつ、自然な選択。私が付与魔法の魔法陣を描き、これを有咲さんに使用してもらう。そうすることで、有咲さんのカルキュレイターを私は一時的に使用可能になります。
生物のような、代謝のある存在は付与したスキルが時間経過で剥がれてしまうという難点があります。が、それでも十分です。少しの時間でも、私がカルキュレイターというスキルを使用可能になればどうなるか。
無数の廃棄スキル。そして私がこの世界に来てからお世話になり続けている『完全記録』により蓄えた、膨大な情報。
私の知能では到底処理不可能な、膨大な情報です。これらを全て、カルキュレイターで処理出来るとしたら。
未だに私自身でさえ想像もしていないような、素晴らしい解が得られるでしょう。
「けど、おっさん。それって大丈夫なのかよ? カルキュレイターって、女神から貰ったスキルだろ? そんなのを付与して、危なくねーか?」
どうやら、有咲さんもその可能性に気付いたようですね。
「確かに、チートスキルを他人に付与する危険性というのはあります。あまりにも強すぎるスキルですから、持ち主自体が女神の力でスキルを使用可能なように魂、あるいは肉体を変質されているということも考えられます」
「じゃあ、止めといたほうがいいだろ! 危ねえだろ、そんなもん!」
「はい。確かに危ないので、他の人には薦められません。ですが、リスクを考えても得られる利益があまりに大きい。それも、利益そのものは確定しているも同然です。それに比べ、チートスキルの付与でデメリットが発生するのは可能性に過ぎません。その程度についても不明。まあ、即死しない限りは十分に元が取れますよ」
それに、即死の可能性は極めて低いでしょう。それほどの悪影響が人体にあるのだとすれば、女神様の力で魂や肉体を変質させるにしても、その影響がはっきりと現れると考えられます。
有咲さんを見る限り、そうした目に見えた変質は観測できません。つまり、即死するほどの大きな悪影響をチートスキルが及ぼす可能性は極めて低いと言えます。
「でもさ、おっさん。即死する可能性はゼロじゃねーんだろ?」
「まあ、それは事実ですね。しかし、それを言えば冒険者として活動をするのも、先日のダンジョンでの異常事態も、命の危険はありました。そうした賭けに出る場面は、今後も数多くあるでしょう。今回だけ避けることに、大きな意味があるとは思えません」
私の理屈を聞いて、有咲さんは不満げな表情を浮かべながらも黙り込みます。一応は、納得していただいたと考えていいでしょう。
そうこう話しているうちに、魔法陣を描き終えました。あとは、これを有咲さんに起動して頂くだけです。
「では有咲さん、お願いします」
「けっ。分かったよ。やりゃいいんだろ、やりゃあ!」
やけくそといった感じで、有咲さんは引き受けてくれました。
私は所定の位置に立ち、有咲さんは魔法陣に手を触れ、魔力を流し込みます。
そして付与魔法が発動して、光が生まれます。魔法陣から滲み出た光は、やがて私を飲み込みます。身体が光に包まれて、そして。
私の意識は、プツンと途切れました。