09 遅れてきた謎のおっさん
気がつくと、私は見たことのない豪奢な広間の真ん中に立っていました。
「ここは、どこでしょうか」
「お前、何者だ!」
状況を把握する前に、私は鉄の鎧を着た人に取り囲まれてしまいます。全員が剣を持っていて、その気になれば私をすぐに殺せるでしょう。
ヤクザさんに囲まれた時も、ドスを持った人がいましたね。ちょうど予行練習になった形ですね。助かりました。
「あの、私も勇者召喚とやらでこの世界に来てしまった者なのですが」
「何だと? 既に予定していた人数は召喚されている! 嘘を言うな!」
鎧の人の中でも、一番豪華なデザインの鎧を着た人が怒りの声を上げます。まあ、確かに召喚側からすれば私は勝手に来たおっさんです。警戒されても仕方ありません。
「実はですね」
そのまま、私はこうなってしまった事情を話します。
一つずつ話をして、さらに勇者召喚された人しか知らないはずの情報を口にすると、なんとか鎧の人たちに信じてもらうことが出来ました。
召喚された勇者たちの名前をいくらか覚えておいて助かりました。
「なるほど、乙木殿が巻き込まれてこの世界に来てしまった、という事情は分かった」
そう言って、豪華な鎧の人が兜を脱ぎます。
なんと、中から出てきたのは美人の女性です。
「私は騎士団長のマルクリーヌだ。今回の勇者召喚で訪れた勇者を、順に状況説明の担当者の所へ連れて行く任を担っている」
「どうも、マルクリーヌさん。私は乙木雄一、しがないコンビニのバイトリーダーです」
「こんびに、ばいと? よく分からんが、そちらの世界の身分のようなものか?」
「はい、そうなりますね」
「なるほど。世界が違うと身分も色々だな。私のような騎士のことを、そちらの世界では『くっころ』と呼ぶのだと教えてくれた勇者様もいらっしゃった。勉強になると共に、非常に面白い話を聞けて嬉しいよ」
「なるほど、そうですか」
くっころ、という言葉の意味はよく分かりませんが。ともかくマルクリーヌさんは勇者たちに良い印象を持ってくれているようです。安心しました。
「ふふ。乙木殿は人が良いようだな」
「はい?」
「私が勇者様に好意的な話をした途端、表情が緩んでいたぞ」
どうやら、顔に出ていたようです。まあ問題は無いのですが、見透かされるのは少し恥ずかしいですね。
縁の下で大した力でもない力を振るうのが私のモットーですから。
「さて、乙木殿。実は貴方にもこの世界の状況について説明したいのだが、そのための人員が用意されていないのだ。すまないが、代替案として私に説明役を任せて頂けないだろうか?」
マルクリーヌさんは申し訳なさげに言います。
「問題ありません。むしろ、説明していただけるのですから、感謝しかありませんよ。どうかお顔を上げてください、マルクリーヌさん」
「そうか。いや、ありがとう乙木殿。貴方は気遣いの出来る良い殿方だな」
あまり女性に褒められる経験が無い私です。ちょっと照れてしまいました。
頬をぽりぽりと掻いていると、マルクリーヌさんが話を進めます。
「では、場所を移動しましょう。このような広間で話をする必要はありますまい。どこか座って、ゆっくり出来る場所にご案内しますよ」
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
「いえいえ。これも私の務めの一つですから」
こうして私は、マルクリーヌさんに案内されて謎の広間から移動しました。