10 勇者たちの求める物
「あまり暗い話をするのは控えましょう。せっかく同郷の人間が再会できたのですから。それよりもどうでしょう? 当店自慢の、付与魔法を施したローブなんかは」
私は話題を切り替える為にも、商品の宣伝という形で会話に割り込みます。
「このローブは形状記憶、衝撃吸収のスキルを付与してあります。ですので、生半可な鎧より遥かに丈夫にできています。いかがでしょう? 特に松里家君や三森さんのような後衛、身の守りと身軽さを両立したい方にはおすすめですよ」
「そうなんですか?」
三森さんが不思議そうに言いながら、店に陳列してあるローブを物色します。が、どれも冒険者向けの実用品。見た目があまりお気に召さなかったのか、すぐに離れます。
松里家君は興味を持ったようです。が、すぐにはローブを物色しません。何度か視線を送るだけで済ませたようです。
「俺と蛍一は、国から貰った鎧があるから要らねぇかな。羽根みたいに軽くて、魔法を反射してくれるんだぜ!」
東堂君が言って、自分と金浜君が今も身に着けている鎧を指差します。魔法の反射までは私の技術では不可能なので、確かに鎧の方が装備としては上位互換でしょう。冒険者のように機能性を求めなければ、ローブなど使う理由もありませんし。
一方で、魔法を扱うならローブを着ることが多いです。多様な魔法を補助する魔道具を同時に持ち運ぶ必要があります。なので、ポケット等の機能性が高い羽織ものを羽織ることは多いのです。
しかもこのローブは防御性能も両立しています。
「僕や三森さんが国から支給されたローブは、魔法の効果を補助、強化するものですね。なので、乙木さんの作ったローブを上から羽織るのは有効そうです」
「上から? 下じゃあダメ?」
三森さんが不満そうに訊き返します。
「当たり前だろう。頑丈なローブで魔法補助のローブを守ってこそ意味がある。下に着ても、守れるのは自分の身だけだ。魔法補助のローブが破壊されたら、攻撃力が落ちる」
「そっか。なるほどね。見た目が可愛くなかったから、ちょっと遠慮しようかなって思ってた」
松里家君の正論に、三森さんも納得した様子。
「でも、松里家くんが言うなら、買っといた方がいいかも」
「ああ。是非とも買ってくれ」
「じゃあ、乙木さん。このローブを、二枚貰えますか?」
言って、三森さんがお金を取り出します。どうやら、四人の金銭管理を三森さんが代表して行っているようです。冒険者でいうところの、パーティーを組んでいるような状態なのでしょう。
「有難うございます」
早速商品の購入という形で、勇者称号の四人との関わりが持てました。特に、松里家君に好印象である様子なのは幸先が良いです。
「他になんか、面白いものって無いのか?」
買いたいものが見当たらずに退屈なのか、東堂君が不満げに言いました。
「そうですね。勇者の皆さんは王宮から様々な装備を支給されているでしょうから。私の魔道具店で取り扱う商品では、ご満足頂けないかも知れません」
「そっか。まあ、しゃあねえよな。俺ら国宝とかフツーに使わせて貰ったりしてんだもん。おっさんの店が敵うわけねえよ」
「ですが、物によってはお気に召して頂けるかもしれませんよ」
そう言って、私は携行食料の『甘露餅』を詰めた袋を一つ手にします。
「こちらは、一般的な冒険者向けの携行食料を美味しく改良したものです。実は、ちょうど日本でいうきなこ棒のような味わいの商品になっておりまして」
「きなこ棒? 私、実はそういう駄菓子ってけっこう好きなんです!」
私の話に食いついてきたのは、まさかの三森さんでした。懐かしさをウリにこの商品を売ろうと思っていたのですが。ちょうど個人の嗜好にぴったり合致したようです。
「どうでしょう。お一つ、食べてみますか?」
言って、私は袋の口を開いて中身を見せます。これで、この商品はもう売り物になりません。あとでちゃんと、私個人の財布から支払いをしなければ。
ともかく、甘露餅の見た目はまるで丸薬です。元々が単なる量産品の携行食料ですから、見た目までは私が拘ることの出来ない部分です。
「じゃあ、一つだけ!」
三森さんはすぐさま甘露餅に手を伸ばします。そして口に含み、咀嚼。
「ほんと! これ、きなこ棒みたいですね!」
驚きを顔に浮かべつつも、味に満足しているのか頬が緩んでいます。
その反応を見て、他の三人も甘露餅に興味を示しました。各人に一つずつ、甘露餅を渡します。
「これ、懐かしい味ですね。子供の頃、俺も食べたことありますよ」
「マジで日本って感じだな。異世界で日本を感じるってのも変だけどさ。ちょっと嬉しいわ。おっさん、ありがとな!」
「ふむ。機能的かつ美味しいというのは良いですね。戦争に駆り出される時には、こういったものを自分で用意した方がいいのかもしれません」
三人それぞれに、好意的な反応を貰えました。
が、結局この甘露餅を購入してくれたのは三森さんだけでした。
「これからも、この駄菓子を買いに来ると思います。よろしくおねがいします、乙木さん」
満足気に、三森さんは笑顔を浮かべます。何はともあれ、気に入って頂けたようで何よりです。