08 冷蔵庫、完成
有咲さんに冷却板の取り付けをお願いしたあと、私は店の屋根に登りました。これは、冷却板の動力源となるものを取り付けるためです。
私は、事前に加工を済ませたとある板をアイテム収納袋から取り出します。
片面に、魔石の粉末が塗布された金属板です。
魔石の粉は、蓄光魔石を粉末にしたものです。粉末にしても蓄光スキルは有効です。
蓄光は光に当たる面積が重要なので、体積が多くても無駄になるばかりです。そこで魔石を有効活用する為、粉末にして金属板の表面に接着しました。
接着に使ったのはもちろん粘着液のスキルです。塗布した粘着液の上に蓄光魔石の粉末を吹きかけました。
そしてこの金属板。これは導魔鋼と呼ばれる合金です。冒険者ギルドが、魔石の魔力を移動させる為に使っている金属でもあります。本来なら入手は難しいのですが、私の専属受付嬢であるシャーリーさんの計らいで入手することが出来ました。
ちなみにちゃんとお金と引き換えです。店の利益の三分の一近い額が吹き飛びました。つまり、冷却板と合わせてほぼ全てが吹き飛んだことになります。
導魔鋼の性質は単純。至近距離にある魔力の高い場所から魔力を吸い上げ、魔力の少ない方向へと流し込み、平均化させる性質があります。
空気中にも魔力を流し込んでしまうので、魔力を流したくない部位には絶縁体のような性質のある塗料を塗ります。そうすることで、狙った場所から魔力を吸い、流し込むことが可能になります。
つまり、魔力を電力のように扱える金属なのです。
さらに、魔力を流し込む先には魔石と複数の鉱石を混合して作った特殊なフィルターを用います。
このフィルターは、魔力を一方通行させる性質を持っています。なので、導魔鋼から流れてきた魔力をそのまま魔石に流し込んでしまいます。フィルター自体は魔力をほぼ持たない状態ですので、導魔鋼の性質により、魔力がずっと流れ込み続けます。
これのお蔭で導魔鋼は魔石が空になるまで魔力を吸い出すことが可能になります。
ちなみに導魔鋼とこのフィルターのセット。魔力の濃いダンジョンなどを利用し、無限に魔力を集める施設を作れないか、と研究されたことがあるそうです。
しかし、そう上手くはいかないのが現実でした。フィルターは魔力の濃い場所では、それ以上に濃い魔力でないと通過させることが出来ないのです。
そのため、ダンジョン内では魔石から魔力を取ることすらできなくなるという、真逆の結果となったそうです。
無限のエネルギーへの渇望は、どの世界にも存在するものなのでしょう。導魔鋼に限らず、あらゆる手段がかつて試されたそうですが、上手く行ったことはありません。
それを考えると、蓄光魔石は正に革命的な存在ですね。
さて、導魔鋼の歴史はともかく。今回は導魔鋼に蓄光魔石の粉末を塗ったため、太陽光から作られた魔力が無尽蔵のエネルギーとなります。これを、店の屋根全体に取り付けます。
なお、雨風を凌ぐため、蓄光粉末の表面にはもう一度粘着液を塗ってあります。無色透明のコーティングなので、蓄光スキルへの影響はほぼありません。
そうして天井に導魔鋼の板を設置している姿は、多くの人の目に留まりました。洞窟ドワーフが屋根の上で変なことをしている、と噂になりました。
こうなると、冷蔵庫が完成した時の話題性も抜群でしょう。あの変な作業がこのためだったのか! というような驚きとなり、話をより広めてくれるに違いありません。
全ての導魔鋼の板を設置したら、今度は導魔鋼の針金を繋げ、店の裏手に作る予定の魔力蓄積施設へと伸ばします。その後、絶縁塗料を表面に塗り、さらに上から粘着液でコーティングして完成です。
こうして、蓄光システムは完成しました。次は、溜めた魔力を任意の量だけ各所へ配分する施設を作らねばなりません。
冷蔵庫を動かすだけなら単純です。しかし、将来的には他の事にも魔力を使いたいと考えています。ですので、今の段階で汎用性の高い設計をした方が後々で楽になります。
幸いにも、私は大学時代は工学系の学部に通っていました。また、導魔鋼で扱う魔力は、電流を扱うのに酷似しています。お蔭で、システム部分を作るのは簡単でした。
大雑把に説明すると、魔力絶縁体と導魔鋼をスライドさせることで、魔力の供給をスイッチ式にしました。流れる魔力量は、魔力抵抗性のある物質を間に挟むことで調整。そうした回路を複数作り、複数箇所で魔力を利用できるようにします。
言うなれば、コンセントとブレーカーを作ったような感じです。
こうして魔力供給システムは完成しました。後は配線を伸ばし、冷蔵庫につなげるだけです。
導魔鋼の板の設置、そして魔力蓄積と供給施設の建築で合わせて二日の時間が経ちました。十分な時間もあったお蔭で、既に冷却板は有咲さんの手で設置済みです。
後は、恒温と保湿のスキルを壁面に付与。仕切りを設置し、店内側はガラス戸を使うことで商品を取り出せるようにします。当然、ガラス戸と仕切りにもスキル付与を施します。ガラス戸は簡単には壊れないように、形状記憶と衝撃吸収も付与しておきました。
そして配線を伸ばし、冷蔵庫内に繋げます。冷却板の効果をダイヤル式の仕組みで調整できるように操作盤を作り、完成です。
ガラス戸や仕切りの設置で一日。操作盤作りでさらに一日。通算四日の作業となりました。
後は商品棚と品物を中に運び込むことで、実際に販売も開始できるでしょう。
「すっげぇ! めっちゃ寒い!」
ちょうど配送で店を訪れていたジョアン君に冷蔵庫内に入ってもらいました。室内温度はおよそ二度ほどに設定しています。
冷却板は霜がつきやすいので定期的に掃除をしなければなりませんが、十分に冷蔵庫として機能しています。外に冷気も漏れ出ていません。
十分に実用可能なものが仕上がりました。満足のいく結果です。
「異世界まで来て、冷蔵庫なんか作るとか想像もしてなかったな」
有咲さんが、感慨深そうに言います。しっかり冷却された空間は、冷蔵庫というよりは冷房の効いた個室といった印象です。商品棚もまだ設置していないのでなおさらでしょう。
その後、販売開始した各種お酒は人気商品となりました。冷却された方が美味しいお酒を、冒険者さんがこぞって求めたからです。
一日のご褒美として冷えたお酒を買い、仲間と宴を交わす。そんな習慣が、王都の冒険者の間で徐々に出来ていく事となりました。
同種の常温のお酒よりもずっと高い値段をつけているのに、毎日のように売れていきます。冷えたお酒というのは、それほどまでに魅力的なのでしょうね。