05 防犯魔道具セット
「まずは、このローブです。皆さんに作ってもらったローブですが、実は私の店では付与魔法を施して魔道具として売っているのです」
「そうだったのですか?」
イザベラさんは興味深そうにローブを眺めます。何も変わった所が無いのを確認すると、再び口を開きます。
「このローブは、どのような魔道具なのですか?」
「単純に、鎧よりもずっと頑丈なだけです。剣を突き立てても破れませんよ」
「まあ、そんな素晴らしい魔道具をお作りに? ダンジョンから発掘される魔道具並みの性能ではありませんか!」
私の説明に驚き、イザベラさんは再びローブを観察しだします。
が、まだ他にも魔道具は用意してあります。
「そして次にこの飴です」
私は一つの袋の口を開き、中から球状の飴を取り出します。
「これは防犯キャンディーと名付けたお菓子の魔道具です」
「お、お菓子を魔道具に?」
「はい。舐めている分には普通の飴です。しかし噛むと」
言って、私は飴を口に放り込み、噛みつきます。
すると飴は砕けること無く、女性の悲鳴のような甲高い音を力強く発生させます。
皆さんが突然の騒音に耳を塞ぎます。さすがに鳴らし続けるのは酷でしょう。私は飴玉を噛むのを止めます。
「このように、大きな音を鳴らします。仕事中、これを舐めていればいざという時に大きな音で相手を怯ませることが出来ますし、周囲の人間に何かが起こったのだと気づいてもらえます」
「な、なるほど」
イザベラさんは飴の入った袋を、苦々しい表情で見つめます。どうやら相当不快な音だったようです。
ちなみに付与したスキルは『衝撃吸収』と『悲鳴』です。
衝撃吸収はローブにも付与してあるスキルです。悲鳴は、とある鉱物の性質がスキル化したものです。圧力をかけると、悲鳴のような音が鳴るだけのスキルです。
この圧力を飴に耐えて貰うため、衝撃吸収のスキルを付与しています。ちゃんと舐めると溶けるので、食べ物としての機能も失ってはいません。
ちなみに、悲鳴スキルは私の不眠症や速読等のスキルと似たような存在だったりします。そもそも、この世界には特殊な性質がスキル化する、という現象は極稀に確認されていることでもあります。
悲鳴のスキルに関しては自然にスキル化したわけではなさそうですが。恐らく、女神様がスキルを生み出す練習として作ったタイプの廃棄スキルでしょう。
でなければ、鉱物としてありふれて存在するはずの性質がスキル化するのは不自然ですからね。
さて、私が今日持ってきた防犯魔道具はもう一つあります。
「最後に、こちらの魔石です」
私は、一つの魔石を取り出します。
「これは防護魔石と名付けました。身体の表面に身を守る結界を張る魔法を、魔石に付与してあります。いざという時、手に握って魔力を流して下さい。すると、魔石に蓄えられた魔力を消費して結界魔法が発動します。魔力が空になっても、日光に当てていれば魔力が自然回復しますので、危ないと思ったときは遠慮なく使ってもらって大丈夫ですよ」
私の言葉に、イザベラさんは目をぱちくりと見開いて驚きます。
「ま、魔法を付与した魔道具ですか。高価だったのではありませんか?」
「大丈夫です。自作ですので、大したお金は掛かっていませんよ。まあ、商品として売る時はそれなりの金額を設定するつもりですが」
そう言いながら、私はジョアン君に防護魔石を握らせます。
「ではジョアン君。試しに防護魔石を使ってみて下さい」
「は、はい!」
ジョアン君は私に言われた通り、魔石を握って魔力を込めます。すると、ジョアン君の身体を青白い光が包みます。この光こそが結界魔法です。普通の魔道具なら魔石の魔力を移さなければ再使用は出来ませんが、この魔道具は蓄光も付与してあるので、単独で繰り返し使うことが出来ます。
ちなみに。付与魔法は、一般的には属性とスキルしか付与できないということになっています。ですが、属性とは魔法陣無しで魔法が使えるスキルのようなもの。そこから考えると、普通の魔法も付与することは可能なように思えます。
実際、理屈としては可能です。しかし、その難易度は属性を付与するよりも遥かに高く、現実として魔法を付与することの可能な人間はごく一部の天才だけです。なので、一般には付与できないものとして扱われています。
しかし今回、この防護魔石には支援魔法の一種である結界魔法が付与されています。私が描いた魔法陣をシュリ君に確認してもらい、半分を修正、もう半分を完全に書き直してもらうことで完成した一品です。
要するに、ほぼシュリ君の力で完成したと言ってもいい魔道具です。
ちなみに、魔法陣にも著作権のようなものがあり、独自性の高い魔法陣は勝手に真似すると犯罪になってしまいます。が、今回の場合は私が元の魔法陣を作ったので、問題の無い形で使用することが出来ます。著作権で言うなら、シュリ君との共著というわけです。
一応、私が書いた部分も二割ぐらいは残っているので、共著という建前はなんとか満たしています。
「すごいよおっちゃん! これ、魔法なんだよね?」
「はい、そうですよ」
「俺、はじめて魔法使ったよ!」
ジョアン君は防護魔石の魔法が気に入ったのか、満面の笑みを浮かべてそう言います。これから毎日のように使うのですから、気に入って頂けて何よりです。
さて、肝心のイザベラさんの反応はどうでしょうか。
「どうでしょう、イザベラさん。これだけの魔道具があれば、子どもだけでも安全に仕事が出来ると思いませんか?」
「そうですね。これだけの魔道具をもたせて頂けるのでしたら、問題は無いかと思います」
どうやら納得いただけたようです。これでイザベラさんにも認めて貰った上で、ジョアン君を教育できます。
プランとしては、まずは配送の仕事自体に慣れてもらいます。そして、仕事が増えてきたところで護身用の魔道具を増やし、ジョアン君以外の子ども達にも手伝ってもらいます。その時には、ジョアン君に指導役となってもらいましょう。
そうしてシンプルな仕事からまとめ役としてのノウハウを積んでもらい、将来的にはたくさんの人を動かせる現場指揮者になってもらいましょう。
少し気の長い話ですが、仕事の規模が大きくなるのも時間がかかります。じっくりと取り掛かっていきましょう。