29 冴えないおっさんの人生観
「有咲さん。人間というのは、年を取ると矛盾した、無駄の多い行動を取るようになるものなんですよ」
私は、自分の思う、人という生き物についての観念を言葉にします。
「自分が優れてると思いながら。もっと違う場所に居場所はあるんだと思いながらも。悪いオーナーが経営するハズレのコンビニでアルバイトを続けるようなことだってあるんです」
「そう、なのかな」
「ええ、そうなんです」
私は年配者ぶって、有咲さんを諭します。ウザいと思われるかもしれませんが、どうにもつい口が開くと止まりません。
「年を取るごとに、人は経験を積みます。経験は財産であり、同時に毒です。祝福であり、呪いでもあります。積み重ねた経験は心に記憶として残り、決して消えることはありません」
私の説教じみた言葉を、有咲さんは真剣な様子で聴いてくれます。それが有り難くて、つい語りすぎてしまいます。
「良い経験は財産であり、人生の祝福となるでしょう。けれど悪い経験は毒となり、呪いとなります。他人をどこか見下すような私の気質が良くないと分かっていても、もうそれは一生消えないのです。態度に出さない努力をするしか無いのです」
自分について省みながら語ります。
語った通り、私は馬鹿な人を見下す癖がこの年齢になっても抜けません。反省してから十年近く経ったはずなのに、今でも頭の悪い人を見ると非情で黒い思考が頭の中に湧き上がります。
「それと同じように、どれだけ理性や理屈で分かっていても、心に刻まれたものが矛盾した行動を選んでしまうこともあります。年を取ると、人間はそうやって矛盾した、無駄だらけでみっともない存在に変わり果てていくものです。私のように」
事実、私はチグハグです。
労働環境に文句を言いながらも、その環境を変えようとしない。良くないと思っていても、馬鹿な人達を見下してしまう。誰かの為になりたい。力になりたいと思っていても、全てを投げ売るほど没頭はできない。
経験を毒や呪いに変えてきた結果、私は抜け出せない泥沼に足を踏み入れてしまったのです。
「おっさんは、それでいいのか? 諦めるのかよ?」
有咲さんの問いかけは、抽象的でした。けれど、私は迷わず頷きます。
「仕方ありませんから。今さら、私は私を変えることなんて出来ません。とっくに覚悟は出来ていますしね。大したこともないのに人を見下す嫌な奴として、これからも生きていく。ちゃんと嫌われ者として人生を全うするつもりですよ。自分をダメなおっさんとして認め、その上でありのままを肯定して生きるつもりです」
それが、せめて自分の人生を悲観せずにすむ唯一の方法ですからね。
「でも、だからこそ私は、誰かの力になりたいと思います。自分みたいな人を増やしたくないですから。少しでもマシな人生を、若い人には送ってもらいたい。だから私は、心の何処かにヒーロー願望を抱えているんです。自分が情けないからこそ、こんな惨めな思いを誰にも味わってほしくない。だから誰かの力になりたい。人生を良い方向に変えてあげたい」
そう言ってから、有咲さんに微笑みかけます。
「当然、有咲さんにもそう思っていますよ。私のような失敗をせず、幸せになって下さい」
私みたいに惨めな人間は、居ない方がずっと良いのです。
語り終えて、沈黙が暫く流れます。
そして私の言葉を受け、よく考え込んでいた様子の有咲さんがようやく顔を上げます。
「わかったよ。アタシなりに、頑張ってみる」
前向きな言葉が貰えました。
お説教くさい話をしたことで怒られてしまうかも、と思っていましたが。やはり、有咲さんは性根が素直で、良い子ですね。
私なんかには、もったいない姪っ子です。
と、いけませんね。暗い話をしたからか、頭の中がどこか悲観的になっています。
私らしく、もっと楽観的にいきましょう。自分を肯定する。ありのままの自分で、自然体で振る舞う。
少しだけ瞑想して、意識を切り替えます。
そして目を開くと、すっかり普段どおりの私です。
「さて。お話はこれぐらいにしてしまいましょう。有咲さん。そろそろ夕食に向かわないと、夜道が危なくなってしまいますよ」
「分かった。じゃあ、メシに行ってくる」
有咲さんはそう言って、銀貨を握りしめて店を出ていきます。
心なしか、去り際の一言が優しげな声色に聞こえたのは、気のせいではないでしょう。





