20 おっさんの絵空事
「戦争を止める、か。随分とまあ大きく出たもんだね、オトギンは」
シュリ君は、楽しそうにニンマリ笑いながら言います。確かに、大きく出てはいるのでしょう。しかし、これだけはどうしても必須です。
何しろ、自分だけの問題ではありませんから。私の他にも、この世界に召喚された日本の人々がいます。理不尽に、日本で得られたはずの幸せを奪われた子ども達です。そんな皆さんの為にも、出来るなら戦争の一つや二つぐらい、止めてあげたい。そう思うのが、大人というものじゃありませんか。
しかしまあ、そんな感情論は偽善です。私の自己満足に過ぎません。おっさんの感傷。子どもを救ってヒーローになりたい。ただそれだけの、いい年こいたおっさんのみっともない自己実現願望に過ぎません。
でも、私には願望を実現出来るかもしれない力があります。
役に立たない廃棄スキル。無数に手に入れた役立たずのパズルのピース。これを組み合わせればもしかしたら? と、思える何かが私の中にあるのです。
ちょっとぐらい、ヒーロー願望に浸ってみてもいいじゃありませんか。
「戦争を止めると言っても、それは簡単なことではありませんよ?」
マルクリーヌさんが、私を咎めるような視線で睨んできます。マルクリーヌさんは騎士であり、戦争を実際に現場で取り仕切っている人間です。私の軽い言葉に、気分を害する部分でもあったのでしょう。
しかし、私はためらいません。
何しろ無数の廃棄スキルが私にはあります。そして何より、有咲さんという最大のパズルのピースが揃っています。
やってやれないことは無いんじゃないか、とも思っているのです。
「一応、ただ口だけで言っているわけではありませんよ」
私は、自分の頭の中にある絵空事について語り始めます。
「まず、戦争については人間の軍が圧倒的に強くなれば良いのです。つまり、私が優れた魔道具を作って、軍を強くすればいい。そうすれば自然とこの国が勝ちます。勝てば戦争は終わりますから。単純な話です」
「無理だね。そのためには幾つかの壁が存在するよ」
シュリ君が、私の言葉を否定してきます。思わぬタイミングでの否定に驚いてしまいます。が、シュリ君は構わず話し続けます。
「まず、オトギンの力で戦況を覆すほどの魔道具が作れる可能性が低い。召喚された勇者に匹敵する戦力を全員が持てるならまだしも、そうじゃないでしょ? だったら、勇者召喚を上回るレベルで戦況を覆す何かを生み出すことは不可能。勇者の力で戦争が終わらない可能性を最初に想定しているんだから、つまりオトギンの想定は矛盾していると言えるね」
さすがシュリ君。この中で一番頭がいいだけはあります。一瞬で、私の主張の矛盾点を指摘してしまいました。
「それにもう一つ。オトギンが仮に、勇者以上の戦力となる魔道具を用意する能力があったとしても、そんなものを軍全体に配備するのは不可能。オトギン一人で、軍全体の戦力を底上げするのは無理だよ。身体が足りない。だからオトギンの力で軍を強くして戦況を覆すなんてことは不可能。これで二つ。理由が二つもあるんだから、オトギンが戦争の結末を左右する能力は無いに等しいと言っていいよ」
さらに二つ目の指摘が入ります。これも、ご尤もな話。そもそも、照明魔石でさえ必要数を作るために相当な労力がかかります。それでさえ、ただ前線の夜がちょっと明るく、便利になるだけです。
確かに私が魔道具を用意し、軍を強くするというのは無理があります。
ですが、この視点自体、そもそも落とし穴に嵌ってしまっています。間違った解釈なのです。
「シュリ君。私からもいくつか反論しますよ」
「いいよ~。弟子がどれだけ優秀なのか、このボクが直々に判断してあげるよ!」
シュリ君はニコニコと、笑いながら待ち構えています。
さて。私はこの表情を驚きに変えてやらねばなりません。
「まず、第一の勘違いです。魔道具の生産は、何も私がやる必要は無いんですよ」
私が言った瞬間、シュリ君は眉を顰めます。
「オトギン、正気? オトギンの魔道具は、オトギンが持っているスキルを利用した付与魔法で作られているから特別なんだよ。そして、その特別性を保証しているのは付与魔法の必要魔力量の壁。自分の持たないスキルを、自分以外の何かに付与するには膨大な魔力が必要になる。これから軍に配備予定の照明魔石をオトギン以外が作ろうとしたら、魔力源に利用する魔石に支払うお金だけで国庫が傾いちゃうよ。そんなもの、他人に作らせるつもりなの?」
「はい。そうなりますね」
私が平然と言うと、シュリ君は呆れたような息を吐きます。
「あのねオトギン。まさか、いくら何でも、そんな膨大な魔力を魔石から集めるつもりなんかじゃないよね?」
「いえ、魔石を使うつもりですが?」
私が答えると、さらにシュリ君は呆れたように息を吐きます。深い溜息に、なんだか心が抉られてしまいます。
別に私としては、何も間違ったことを言ってはいないつもりなのですが。
「あのねえ。いくらお金を集めるつもりだからって、膨大すぎるっていうか、世界経済全てをオトギンが掌握したとしても、そんな莫大な量の魔石を買い集めるなんて不可能だよ」
「はい。でしょうね。私も、買うつもりなんか毛頭ありません」
「へ?」
今度の回答には、シュリ君は驚いたような表情を浮かべてくれます。ようやく狙った表情を引き出せましたね。
「買わないってことは、オトギンが自分で集めてくるつもり?」
「いえ。集めるわけでもありません。いや、ある意味では集めているのかもしれませんが」
「んん~?」
私の言葉に、とうとうシュリ君は首を傾げてしまいます。
ふふ。シュリ君の悩む姿を眺めているのも良いですが、そろそろ答え合わせといきましょう。
「ふふふ。シュリ君が悩んでいるようですので、ヒントを出しましょう。かしこいシュリ君であれば、ヒントがあればきっとすぐに気付きますよ」
「ひ、ヒントちょうだいっ!」
「では、ヒントです」
私は、もったいぶって間を起きます。まずは照明魔石を一つ手に取って、それを掲げてみせます。
「ヒントその一。照明魔石の仕組みを、改めて考え直してみて下さい」
私が言うとシュリ君は顎に手を当て、首を傾げて考え始めます。
そして、数秒の後。
「あああああぁぁぁぁあああっ! うそッ! 天才でしょ、オトギン!」
シュリ君の絶叫が、店内に響き渡るのでした。