18 突然の来訪者
孤児院での用事を済ませ、私は店に帰ってきました。時刻はまだ夕刻になる前で、空も明るいです。街に戻ってきた冒険者さんで店内が賑わう前といった頃合いですね。
そんなタイミングで帰宅した私を、思わぬ客人が出迎えてくれました。
「やっほ~、オトギン! 元気してる?」
なんと、シュリ君が来店していたのです。
「乙木殿。お久しぶりです。まさか、こんなにも早く商店を持って生計を立てているとは思いませんでしたよ」
そしてマルクリーヌさんも居ました。
「なあおっさん、この二人が知り合いってマジなのか?」
訝しんだ有咲さんが、私に寄ってきて小さい声で尋ねてきます。もちろん、私は頷いて答えます。
「はい。二人とも、私が城を追い出されるまでの間に世話になった恩人です。特に、シュリ君には感謝してもしきれない恩があります」
「マジかよ。こいつら二人とも、勇者の教育係とかで顔だしてた偉い人じゃん。なんでそんな人と知り合いなわけ?」
「なんで、と言われても。普通に知り合っただけですが」
「いや、普通じゃねぇから。アタシとか、会話するのも許されなかったレベルの相手だぞ」
なんと、有咲さんはどうやら二人をご存知のようです。しかし、会話すら許されなかったのですか。どうやら、役に立たない勇者は切り捨てるという王国の方針は想像よりも過激だったようです。今も王宮に実質的に監禁されている皆さんが心配になります。
「ちょっとちょっとぉ! せっかくボクが来てあげたのに、二人して内緒話なんてひどいよオトギン!」
「ああ、すみませんシュリ君。ようこそいらっしゃいました」
私は有咲さんとの話をきりあげ、シュリ君の方へ近寄ります。そして、シュリ君の頭に手を置いて撫でてあげます。
「えへへ。久しぶりのオトギンの手だぁ」
「はい、これは他ならぬ私の手ですね」
「ボク、オトギンの手で撫でてもらうの大好きだよ!」
「そうですか。私もシュリ君は大好きですよ」
お互いの好意を確認し合ったところで、師弟のスキンシップは終わりです。私が手を離し、シュリ君も姿勢を正します。
「さて。それじゃあ本題に入ろっか。オトギン、この魔石だけど、国に売るつもりは無いかな?」
「国に、ですか」
「うん。具体的には、戦争の前線基地で利用したいと思ってるんだ。だから、かなりの数をお願いしようかなって思ってるんだけど」
突然、大口の取引の話が舞い込みました。
実は元から狙っていた話ではあるのですが、それにしても早い展開です。予想を越える速度で、照明魔石の噂は広まっているのでしょう。
「異存はありませんが、可能ならいくつかお願いがあります」
「お願いね。何かな? ボクに叶えられる範囲なら、なんでも叶えてあげるよ!」
シュリ君は自信満々に言います。では、こちらも遠慮せずにお願いしましょう。
「まず、納品は分割でお願いします。一気に制作するとなると、そのための手間やコストで、私がこの店を続けることに支障をきたす可能性があります。なので、できれば作業自体を分割したいのです」
「ふむふむ、なるほど」
ちなみに、これには作業量を分割して減らす他にも、収入を分散させて安定した利益として計算できるようにする目的もあります。
「そしてもう一つ。私の開発する魔道具にご期待頂けるようでしたら、融資をお願いしたいのですが」
「へえ。お金が必要なんだ? 照明魔石の売上じゃ足りないのかな?」
「はい、足りません」
私が堂々と言い放つと、マルクリーヌさんと有咲さんが目を見開いてこちらを見てきます。
「乙木殿。軍で必要とされる照明魔石は千や二千といった程度の数ではありません。金貨換算、千枚の利益は見込めるでしょう。それでも、まだ必要だというのですか?」
「そうだよおっさん。これが売れたら、もう仕事しなくてもいいぐらいの儲けになるじゃねーか。これ以上働かなくていいんだぞ?」
二人して、私の判断に制止をかけようとしているようです。しかし、どうやら二人は根本的に理解していないようですね。これは、説明しておいた方がいいでしょう。
「あのですね。まず有咲さん。この世界は、私たちのいた平和な世界、日本ではありません」
「あ? そんなのわかってるっつうの」
「ええ。そもそも、私たちが召喚された理由こそ、まさに戦争の為なのですからね。よくご存知のはずです。その上で、考えてみてください。戦争中の国で、たかだか数千枚の金貨を手にしたところで、十分な生涯の安全が保障されると思いますか?」
「え、それは。えっと」
私の言葉に、有咲さんは言葉を失います。恐らく、言われたことについて判断がつかないのでしょう。
しかし、少し考えれば分かるはずです。千枚の金貨。日本円に換算すれば一億円です。一生を裕福に暮らすにしては少なすぎる金額です。しかも、この国は戦時中。いつ情勢が変わるとも知れません。
魔王が戦争に勝てば、この国は貧しくなります。そんな時に、たった千枚の金貨を握っていることなど、大したアドバンテージにはなりません。
そうでなくとも、戦況次第で金貨の重みなどどうとでも変わります。
つまり、照明魔石を軍に売った程度の利益では、私と有咲さんの生活が保障されることにはならないのです。
また、投稿に時間が空いてしまいました。
申し訳ありません。
少しストックを書き溜める余裕があったので、しばらくは毎日投稿が続くと思います。
今後共、当作品を宜しくお願い致します。
※追記※
数値の修正をしました。