09 ボロ布ローブ
価格調査も終わり、値段設定についてもおおよそ考察できました。なので、せっかく商店街に来たのですから、色々と見て回ろうと思います。ここで見て感じた商品の売れ行き、ラインナップが、そのまま私の店で売る商品を決める為の参考になります。ですから、ここはしっかり観察していきましょう。
商店街を歩いていると、やはり売れる商品の多くは冒険者向けの物が多いと分かります。
彼らは人数が多く、消費の激しい生活をしています。魔物の討伐や採取に使う道具はいずれ壊れますから。定期的に、新しいものを買わねばなりません。
採取物を収納する革袋。丈夫で歩きやすい靴。各種武器類、防具類。大きくて機能的な背嚢。各種道具を吊り下げる為の丈夫なベルト。
そして欠かせないものの一つが、ローブです。森林等を探索する際、枝葉による擦り傷や虫刺されを防ぎます。荷物もまとめて上から覆うので、防塵効果もあります。砂やゴミが入って壊れる魔道具を保護するのです。雨風をしのぎ、体力を温存するのも重要な役割の一つです。
ローブは多種多様なものが存在します。デザイン、サイズ、素材、機能性。色々な要素が絡み、一つのローブが出来上がっているのです。そんな多様なローブの中から、冒険者は自分好みのローブを選んで羽織るわけです。
そんなローブの並ぶ商店の最中。私は、気になるものを見かけました。
薄汚れた布の塊が、台の上に捨てたような乱雑さで置かれています。手にとって見ると、どうやらローブの形はしています。けれど薄手の生地ですし、使っているうちにすぐ破れて使い物にならなくなるでしょう。
「あの、すみません。このローブは何なのですか?」
私は、お店の方に声をかけます。恰幅の良い、中年の女性です。
「ああ、そりゃあねえ。ボロ布で作っただけの、ローブとも呼べないような商品だよ。装備や魔道具で支度金を使い果たした新人冒険者なんかがたまに買っていくねぇ」
「なるほど。ですが、これではすぐに破れてしまうのでは?」
「もちろんそうさ。でも、それでもいいってぐらいの格安だからねぇ」
「おいくらですか?」
「銅貨十枚さ」
「なんと。十枚ですか」
安すぎますね。いくらボロ布のローブとは言え、この値段では製造者の利益が相当薄いはずです。
「どうして、そこまで安く売れるのですか?」
「このローブはねぇ。捨てるはずだった布を、孤児院の子供が裁縫の勉強で再利用して作ったものなのさ。元はゴミだし、作ったのも子供。まともな値段で売れやしないよ」
その言葉を聞いて、納得しました。確かにゴミになるはずだった布を再利用すれば原材料はタダ。労働力も、対価を払って働かせたものではない。銅貨十枚でも、お小遣い程度にはなるのでしょう。
と言うより、そもそもこのボロ布ローブ自体が慈善事業に近いのかもしれません。
孤児院の子供が手に職をつける為に作ったものを買い取り、お金を渡す。これで孤児院は僅かでも裕福になります。
そしてボロ布ローブはお金に困った新人冒険者の手に渡り、一時凌ぎの代物として十分活躍をする。やがて破れた頃にはお金も貯まって、新しいローブが買える。そういう仕組みなのでしょう。
面白いものを見ました。そして、これは良い知識を得たような気がします。
感謝の意味も込めて、このローブを買ってあげましょう。
「このボロのローブのうち、綿か麻で出来た物を頂けませんか?」
「は? 買うのかい?」
「ええ。ちょうど、こうしたボロのローブに使い道がありまして」
「ふーん、まあこっちは構わないけどね。こんなもん買っちまって、後悔すんじゃないよ?」
「はい、もちろん了承の上です」
「そんじゃあ、これとこれが綿で、こっちが麻で」
お店の方は、ボロ布ローブをより分け、私の要望した通りの素材のものを選び出します。私ではまるで見分けが付きません。さすがプロといったところでしょう。
「よし、全部で十二着だね。銀貨一枚と銅貨二十枚だ」
「では、これでお願いします」
私は、収納袋の中から銅貨の沢山入った硬貨袋を取り出します。
「あはは、小銭が溜まってたってわけかい。待ってな、数えるから」
お店の方は、勘定用に使う硬貨入れを取り出します。十枚ぴったり入る溝が十本彫られた木の板です。この溝に銅貨を詰めれば、簡単に枚数を数えることが出来ます。
これは、便利な道具ですね。計算間違いを減らせそうです。帰ったら自作してみましょう。
と、私が観察しているうちに銅貨の勘定が終わります。
「ほい、銅貨百二十枚ちょうど頂いたよ!」
お店の方から、硬貨袋を返してもらいます。
「ありがとうございます」
「品物はどうする? そのまま抱えて帰るのかい?」
「いえ、この中に」
私はアイテム収納袋の中に、十二枚のボロ布ローブを片付けます。すると、お店の方は驚きの表情を浮かべます。
「こりゃ驚いた。アイテム収納袋かい?」
「はい、一応そうですね」
「へぇ、アンタ見かけによらず裕福なんだね?」
実際は貰い物に過ぎないので裕福というわけではないのですが。まあ、否定すると話が長くなります。曖昧に笑って頷いておきます。