03 魔石加工
私が戻ると、有咲さんが寄ってきます。
「おいおっさん、どこ行ってたんだよ」
「冒険者ギルドです。商品になる予定のものをお譲りしてもらいました」
私は言うと、アイテム収納袋を掲げてみせます。
「ふーん。で、お腹すいたんだけど」
「ああ、もう夕方ですもんね。お昼もまだでしたか?」
「まあ、朝追い出されたばっかだからな」
「じゃあ、これで好きなものを食べてきて下さい」
私は言って、収納袋の中から数枚の銀貨を取り出し、有咲さんに握らせます。
「これで、どんぐらいの価値があるわけ?」
「そうですね……だいたい、千円ぐらいでしょうか」
私は自分の記憶を頼りに価値換算します。
銅貨が百枚で、銀貨一枚。銀貨が百枚で、金貨一枚。そして、銅貨数枚でりんごやパンなどが買えます。
りんごやパンというものの価値を日本の価値で換算すると、おおよそ銅貨一枚を十円として考えていいでしょう。日本の十円玉よりも小さく、大きさは五十円玉と同じぐらいでしょうか。
その百倍の価値がある銀貨は千円。大きさは銅貨と同じで、柄も同じです。
さらに百倍の価値がある金貨は十万円。大きさも柄も、やはり銅貨や銀貨と同じ。
ちなみに、硬貨はどうやら人間の国では世界共通となっているようです。ルーンガルド王国が過去に統一したそうです。周辺諸国もこの硬貨、通称ルーン硬貨を使用しています。
また、銀貨や金貨は純金、純銀ではなく、合金です。特に銀貨は銀の含有量が少ないのだとか。まあ、銀や金の塊を硬貨として大量に流通させるのは現実的ではありませんからね。
ついでですので、有咲さんに貨幣価値と知識について教えておきます。
説明すると、有咲さんは興味ありげに聞いてくれます。
「ふーん、そうだったんだ。おっさん、どうしてそんなにこの国のこと詳しいわけ?」
「お城に居た頃、書物を読み漁って知識を蓄えましたので」
「そっか、まあおっさん陰キャっぽいし似合ってんな。じゃ、アタシ、飯行ってくるから」
「はい。お気をつけて」
そうして、有咲さんは食事の為に家を出ました。
有咲さんが居なくても、作業は出来ます。まずは魔石の加工をしてみましょう。
まず、収納袋から魔石をいくつか取り出します。そして、魔法陣を描くための塗料と筆。
あとは魔法陣を描くものですが、廃材となった木の板があります。それを使いましょう。
私は木の板に魔法陣を描きます。私自身のスキルを付与する、付与魔法の魔法陣です。単純な上に、必要とする魔力も少ない。極めて単純な魔法陣です。
幾つかの図形と、付与に関する色々を決定する言葉の数々。どんなスキルを、どのように、何に付与するのか。そういった情報を書き込んでいきます。図形と言葉の並びは、魔法によって決まっています。そして配列された図形と言葉を、線でつないでいきます。
そうして出来上がったのは、あまり日本人が思い浮かべる魔法陣とは似ても似つかないものです。円の中に五芒星とか、六芒星があるわけではありません。幾つもの図形と言葉が並び、それらを線でつないだだけ。見ようによっては、黒板に教師が授業内容を書いた板書にも見えます。
そして、図形の終端に円があります。ここに乗せたものに、付与魔法が発動するという仕組みになっています。
私は魔石の一つを円の上に置きます。そして魔法陣の始点に触れ、魔力を流します。すると魔法陣は光り、続いて魔石も光ります。
そこまで見届けて、私は魔力を流すのを止めます。そして、魔石を持って円の中から退けます。
同じような手順で、私はもう一つの魔法陣を描き、同じ魔石にもう一度魔法を付与します。
二回の付与、つまり二つのスキルが魔石に付与されたことになります。結果を確認するため、私は魔石を持って家の外に出ます。
時刻は夕刻、日も傾き、地平線に没するかという頃合いです。私は魔石を、その赤くなった太陽に向けて翳します。
数分ほど、そのままの姿勢でいました。人通りも結構多いので、注目されてしまいます。ですが気にせず、魔石に光を浴びせ続けます。
そして十分かな、という頃合いになって、やっと私は魔石を太陽に翳すのを止めます。そして魔石を持って家に戻ります。
家の中に戻った途端――なんと、魔石は光を放ち始めました。
私が狙った通りの現象です。つまり、魔石へのスキル付与は成功しました。
ですがこれだけではまだダメです。次に、私は魔石に僅かな魔力を流します。すると、魔石は発光するのを止めます。勝手に光り始めないことを確認すると、もう一度魔力を流します。すると魔石はまた発光を始めます。
光の強さはそれほど強くありません。せいぜい、ランプ程度の明かり、といったところでしょうか。少し期待よりも弱い気がします。ですが、これでも十分実用範囲内です。
そう。実は、魔石にスキルを付与することで、照明となる魔道具を作ろうとしているのです。
付与したスキルは二つ。『蓄光』と『発光』です。
蓄光は、幾らかの種類の魔物が持つスキルです。日光を浴びることで、それを魔力に変換して魔石に蓄積します。植物型の魔物に多く見られるスキルで、そう珍しいものではありません。
そして発光は、ダンジョンと呼ばれる場所に生息する『ヒカリゴケ』という苔の持つスキルです。自身が持つ微弱な魔力を消費して、光を放つ苔です。魔力を浴びると驚いて光を消してしまう性質があります。もう一度浴びせたら、また光を放ちます。
そんな二つのスキルを合わせて魔石に付与することで、日光を浴びて魔力を蓄積し、任意でオンオフを切り替えられる照明となったわけです。
蓄光も発光も、植物由来のスキルです。植物であれば発動します。そして魔石は植物、動物どちらの魔物も体内に持っています。つまり魔石とは植物であり、動物でもあるのです。どちらの条件も満たすため、こうして植物由来のスキルでも有効となるわけです。
さて、魔石が照明となることはこれで確認できました。あとはこれを量産するだけですね。
私はさっそく、二つの魔法陣の上に魔石を置き、次々とスキルを付与していくのでした。