03 さらにその後の人々
仁科雪。
沙織に妙な執着があった彼女は、今でも時折顔を出し、沙織に会っている。
冒険者として大森林自治区で活動しており、パーティメンバーは全員女性だ。
真山正蔵。
人助けの旅に出る、と言って魔王領へと向かった。
最近は、人州にて偶然出会ったイチロースズキへの弟子入りを自称しており、口調を真似しているらしい。
おもしろ冒険者として人州にて名が知られつつある。
鈴原歩美。
童鬼事変で出た死者、負傷者に心を痛め、以来完全回復のスキルを乙木商事にて分析、再現する研究に勤しむ。
部分的な効果の再現には成功しており、これを応用した高品質な医薬品の製造が始まっている。
目標をある程度達成した今は、無謀な冒険に出た真山正蔵を心配し、人州に向かった。
無事合流を果たした後は、スキルを活かしたヒーラーとして活動しており、現地では『聖女』と呼び始めた者もいるらしい。
木下ともえ。
現在は戦いから身を引き、大森林自治区に新しく作られた学校にて教員をやっている。
亜人も人間も分け隔てなく接することから、非常に評判が良い。
その為か、大森林自治区の男性陣から好意を抱かれることも多い。
だが、ある時彼女が零した「初恋がまだ終わっていないので」という断り文句により、大森林自治区の独身男性の間に激震が走った。
その言葉の意味は未だ謎のままである。
野村浩一、神崎竜也、加藤淳也。
三馬鹿としてゴブリン達に愛された三人。
共に罪滅ぼしの旅に出る、と語ってルーンガルド王国方面へと旅立った。
しかし案外楽しくやっているようで、それぞれやりたいようにやっている様子が時折報告される。
悪さをしているとまでは言えない為、現在も観察を継続中である。
涼野美沙。
すっかり更生した彼女は、ウェインズヴェール支社と大森林自治区を行き来しながら、乙木商事の一員として精力的に働いている。
かつてのギャルっぷりが分からないレベルの変貌を遂げており、髪は魔法で黒く染め、しっかりとスーツも着こなしている。
最近になって乙木商事に入社した者は、彼女を根っからの堅物だと思っていることも多い。
雰囲気を作るためだけに伊達メガネを掛けているのは、彼女と親しい者のみが知る秘密である。
沙織。
乙木商事が開発した医薬品の取引数を、今後十年間優遇することを条件に、聖女である沙織の身柄に関する問題は全て恒久的に解決することとなった。
なお、医薬品については元よりルーンガルド王国には多めに流すつもりだった。
大国であるが故に、闇に消える薬も多いだろうと考え、庶民にまで行き渡ることを優先したのだ。
聖女として期待されることから完全に開放された現在は、大森林自治区の学校にて保健室の先生をやっている。
八色。
ストーカー、もとい隠密経験を活かし、大森林自治区の諜報部、及び公安委員会への教育を行っている。
人からの注目を受けない、言わば意識誘導の逆とも言える技術は完全に本人由来の技術であり、重宝されている。
そう。確かに忙しいはずなのだが、会うはずのない時間に度々顔を見せにくる為、恐らく彼女の周りでは時間の流れが狂っている。
マルクリーヌ。
童鬼の侵食による後遺症も無く、すぐに本来の職務に復帰。
最近は新たに設立された大森林自治区の自衛軍へと出向し、多種多様な指揮、指導をこなしている。
新兵にはまず鬼教官と呼ばれ、実はとんでもなく目上の人間だと分かった後は鬼将軍と呼ばれている。
その扱いに納得いかないのか、我が家では愚痴を零しつつ甘えてくる。
シャーリー。
乙木商事の重役であると共に、現在は大森林自治区の事務総長も務めている。
怒涛の成長と変化を続ける乙木商事が成り立つには、事務能力のみならず交渉能力も高い彼女の活躍は欠かせない。
かつて抱いていた精霊眼へのコンプレックはとうに消え、日夜使い倒して上手に世渡りしている様子。
時折、霊的な何かと会話をしているらしい様子が見られて少し不安だが、彼女なら大切なものがどこにあるかを迷わない。きっと大丈夫だろう。
マリア。
近頃は体力が衰えてきた為、名誉職を除いて全ての仕事を後進に譲り乙木商事を退社。
俺を含む、家族をいつでも家で迎え入れてくれる。
妻たちに家事全般を教えながら、手の回らないところをフォローする他、子供たちの教育も彼女が担ってくれている部分が大きい。
俺の駄目な部分を初期から支え続けてくれたこともあり、全く頭が上がらない。
おかえりなさい、と浮かべる笑顔に増えた皺を、俺と共に過ごした証と思えて愛おしく感じる。
ジョアン。
女体化魔法により得た身体は、生物学的には完全に女性のものであり、俺の妻として何の問題も無く過ごしている。
現在は乙木商事でトップの実力者として、戦闘に関わるあらゆる部門で尊敬を集めている。
使う属性が炎というヒーローっぽさも相まって、英雄扱いするものまで居る。
実際、魔王領とルーンガルド王国の小競り合いが発生した時にはいち早く出動し、犠牲者を出さずに鎮圧している為、あながち間違いではない。
ヴラドガリア。
魔王軍解体後、州軍に入ることなくうちに嫁入りした。
専業主婦だが、あらゆる技能が壊滅的な為、日夜マリアから教わり研鑽している。
近頃は、見た目だけではマリアのものと判別が付かないほど料理が上手くなり、調子に乗って作りすぎたりもしている。
作り置きがあって困ることは無いので、消費しきれないということは無いのだが。
彼女は鬼州出身の魔族。魔族は純血のエルフに匹敵する長命種であり、恐らく俺達の中で誰よりも長生きをするだろう。
あまり明るい話では無いが、それでも将来について度々話し合っている。
恐らく乙木商事と大森林自治区、どちらも彼女が受け継いでいくことになるのだろう。
いつかどちらも名前が変わるほど遠い未来になっても、彼女の悲しみや孤独を埋められるように。
いっとう温かい国にしなければと思う。
「ただいまーっ!」
思いを馳せていたところに、元気の良い声と共にドタドタと騒がしい足音が複数駆け寄ってくる。
俺は足音の方に振り向くと、その主たる四人の小さな侵略者。
我が子達の突撃を一身に受け止める。
「あはは、どうしたお前たち。学校は終わったのか?」
俺が問うと、子供たちは一斉に口を開く。
「ねえパパ、ゴヴァゴヴァの村で『しかーち』教えてもらえるの!」
「行ってよい?」
「あのな、ずにくが一番うめーって、ゴヴァゴヴァがいってんだ!」
「パパはずにく食べたことあるー?」
しかーち、とは恐らく鹿撃ちのことだろう。
どうやら、また変なことをゴヴァゴヴァが教えようとしているらしい。
まあ、悪いことでもなし。禁止する必要も無いだろう。
「おお、いいぞいいぞ。パパの分もでっかい鹿を撃ってきてくれるか?」
「うん、がんばる!」
「上手にできるかなぁー?」
「うしろにも目をつけんだよ、目を」
「おれの剣のさびにしてくれようっ!」
四人それぞれが個性的なことを言いながら、鹿撃ちへの興味を全身で表現する。
そんな我が子達の頭を撫でると、俺は有咲の方を向いて言う。
「じゃあ有咲、俺はついていくから」
「うん、行ってらっしゃい」
簡単なやり取りで意思疎通が完了する。
「じゃあ、いくぞ! 一番は誰か競争だ!」
「きゃーっ!」
「パパずりーよ!」
「とまれー、えいっ! えいっ!」
「みんな、転んじゃうよー?」
俺と子供たちの計五人で、騒がしく駆けていく。
こうして子供が出来て、判明した事実がいくつかある。
その一つが、妻の妊娠について。
どうやら、召喚者同士では子供は出来ないか、あるいは極めて出来難いらしい。
召喚者とそうでない者の場合は、通常とさほど変わらない確率で子供が出来る。
これは、俺の事例だけでなく、召喚者のその後について調べた結果からも言える予想だ。
事実、俺達以外の召喚者同士のカップルにも、今まで子供は出来ていない。
最近は、この問題を解決する為にシュリ君が研究を続けてくれている。
幸いなことに、魔法的な処置で干渉することで、可能性を高めることは出来そうだという研究結果は出始めている。
ただし。俺と有咲の間には適用出来ない。
俺と有咲は、互いの身体に魔法陣を刻み、スキルを共有している。
この影響で、俺と有咲は魔法的に特殊な状態にあるらしい。
そんな俺達に、他の召喚者と同じ処置を施す場合、どんな悪影響が出るのか一切が予測不可能。
試験をすることも不可能らしく、安全を考えて有咲にこの処置をすることは出来ないという判断に至った。
女性側にさえ処置ができれば効果がある技術であるため、沙織と八色はこの処置を受けると言っていた。
だが、有咲にはその選択肢も無い。
今後何らかの技術革新が無ければ、有咲との間に子供を作るのは難しいのだ。
振り返ると、有咲はどこか嬉しそうにも、寂しそうにも見える笑顔でゴブリンの子供たちが遊ぶ様子を眺めていた。
俺の中に宿る少年ゴブリンの存在は、有咲の心にどう映っているのだろうか。
そう遠くないうちに、話し合わなければならないだろう。
完結まで残り2話なので、本日は三回投稿します。
17時と19時に投稿するので、よろしくお願いします。





