15 温かいもの
俺の動きを見て、少年も自分の胸を触る。
「私は覚えています。自分以外の全てを見下して、馬鹿にしていたことも。自分自身を卑下して生きていたことも。絶対に許せない、と強く憎んだ相手のことも」
認めるのは、少し癪なことだが。
自分の愚かな一面を、確かに覚えている。
「全て、この胸の中に仕舞ってあります」
「胸の、中に」
少年は、憎々しげに俯く。
「ですが、一緒に温かいものも仕舞ってあります」
俺は言って、思い出す。
「大切な人との思い出も。幸せだった瞬間のことも。馬鹿な自分を導いてくれた人達のことも。全部ひっくるめて、自分の中にあるんです」
この言葉で、少年も何かを思い返しているのだろうか。思案するように目を瞑る。
「だからどんなに恨めしいことがあっても、思い出せます。大切な人、物、思い出が存在することを、決して忘れずにいられます」
言って、俺は少年に問い掛ける。
「君はどうですか? 君の胸の中にも、温かいものはありますか?」
胸に手を当てたまま、少しの間思案し、少年は答える。
「ボクにもあった」
少年の目から、一筋の涙が溢れる。
「大切な思い出。ボクの中にも、貴方と同じものがあったんだ」
次の瞬間。
グレー一色だった世界が色付き、変化し始める。
見たことの無い町並み。見たことのない景色。
そして、数々のキャンディゴブリンが、当たり前の日常を過ごす様子が見て取れる。
恐らくは、少年の中に残る、幸せだった頃の記憶。
「命あるものは、そうやって光と闇を胸の中に一緒くたにして抱えたまま、生きていくんです。君も私も、同じように」
俺は、説得の最終段階に入る。少年と目線の高さを合わせ、言う。
「だから私は君の恨みも、悲しみも受け止められる。全てを私に、世界ではなく私の胸の中にぶつけてくれて構わないんですよ」
すると、少年は頷く。
「分かった」
少年は、腰に吊るしたナイフを抜き、構える。
ナイフは少年の心の闇を表すかのように、真っ黒な刀身をしていた。
そして、少年はナイフを振りかざして。
ドスリ、と俺の胸に突き立てる。
「ボクは貴方を見張り続ける。ずっと恨み続ける」
確かめるように、少年は言う。
「もしも貴方の言葉が嘘だったなら、ボクはまた世界を呪う」
世界が、辺り一面の光景が砂のように崩れて消えていく。
「でも、貴方が本当にボクを受け止めてくれるなら。胸の中に同じものがあるなら」
そして最後に、少年の姿も崩れて消える。
「ボクがそう思えている間は、ボクは貴方の中で生き続ける」
残ったのは、俺と、胸に刺さった黒いナイフのみ。
少年の言葉が終わると、俺の意識は少しずつ遠のいていく。





