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14 呪うなら




「私は、君の夢も、呪いも受け入れます。君が自分を醜いと思っても、いつかそんなことはないと思えるように受け止めましょう」


 言って、俺は本題を。この少年の呪いから世界を開放する為の言葉を口にする。


「なので、呪うのは世界ではない。君を救えなかった。君が呪うほどの世界を作った責任がある人間の一人。私を、呪ってはくれませんか?」


 少年が生きていた時代に、俺は居なかった。直接彼を傷つけたわけではない。

 しかし、彼を傷つけた時代も含めて、ようやく今があり、その恩恵を受けて生きている。


 負債を返すなら、他の誰かではない。せめて俺が返して終わりにしよう。


「どうして」


 少年は疑問を投げかけてくる。


「貴方にも他人を、理不尽を押し付けてきた世界を恨む心はあるはずだ!」


 少年が叫ぶと、次の瞬間には周囲の景色が変化する。


 それは、見覚えのある光景。俺の中にある、過去の記憶そのもの。コンビニ店員になる前の、まだ就職しようと活動していた頃の記憶。


 ある企業での面接の記憶。自分なら楽勝で受かるだろう、という自惚れがまだあった頃の出来事だ。


『正直ね、迷惑なんですよ。貴方みたいな人は』


 企業の業務内容を調べ、そこで自分ならどんな仕事が出来るかを考え、プレゼン資料のようなものまで準備し、入社後の展望を語った。

 そこで言われたのが、迷惑だという言葉だった。


 当時の俺の語った内容は、企業の内情、実態をよく把握していないにも関わらずに作られたものだった。

 つまり、どこかズレた視点で意欲を語っており、もしも俺が入社し、語った通りの努力をしたとしても、誰も得をしない。


 企業の思惑に沿わない意欲を見せられても、評価は出来ないという結論だった。


 今となっては納得の理由で不採用となったのだが、当時は理不尽な評価を受けた、と思い頭が真っ白になったものだ。

 その企業自身が表向きに発信している情報を元に語った内容を否定された為、裏切られたような気持ちになったのだろう。


 また、当時の数少ない知人から聞いた話や、大学の就活支援で知った知識と現実が乖離していたことも影響したかもしれない。

 意欲的であることを示すのが大事だというのも、事前に仕入れた知識だった。


 これも考えてみれば当然。俺は何度も留年を繰り返していた、控えめに言ってまともでない経歴の人間だ。真っ当に四年で大学を卒業した人間と、同じ物差しで図ってくれるはずが無かった。

 しかし、これもまた当時の俺には納得できなかったのだろう。


 結局、意地になって同じようなことを繰り返すこととなり、同じような理由で何度も不採用になったのだ。


「これだけじゃない。他にも貴方は、何度も憎しみを抱いた!」


 幻覚はこれで終わりではないらしい。さらに景色が変わっていく。


 次は、俺がコンビニ店員になった直後の記憶だった。

 代わり映えのない、ルーティーン化された仕事をこなす日々。


 そんな中でも、折に触れて理不尽を感じることはあった。


『これぐらい、出来てくれないと困るんだけど』


 教わったことのない仕事を、出来ないと言ったら非難してきた先輩のオバちゃん。


『こんなとこでトロトロ作業しないで! 邪魔だよ!』


 レジ周りで慣れない作業に四苦八苦していると、ぶつかるような勢いで俺を退かそうとする店長。


『休憩は、一時間ずつの交代でいいよね?』


 自分で提案しながら、約束通りの時間には絶対に戻ってこない社員。


『いつも朝シフトまで入ってくれてありがとうねー』


 言葉では感謝しつつも、こちらを見向きもしなければ感情も入っていない様子のオーナー。


 一つ一つは大したことのないことの積み重ね。だが、自分という人間を粗雑に扱われていると実感するには十分だった。


 小さく下らない怒りと憎しみは慢性化し、やがて諦観へと至った。他人にも、自分にも諦めがついてしまった。


 諦めてしまえば毎日は言うほど悪いものでも無くなり、惰性に流されるまま、何を変えようとも思えなくなった。


 そうしてコンビニ店員を続けていたある日、この世界に召喚されたのだ。


 これで幻覚は終わり、辺りには何も残らなくなる。グレーの空間の中で、少年が俺に向かって問いかける。


「思い出したでしょ? 貴方も沢山の人を恨んで、憎んで、許せないと思ったはず」

「ええ、確かに」


 忘れたわけでもないが、改めて思い知った。かつての自分がどういう人間だったのか。


「だったらどうして、自分を呪えなんて言えるッ! 世界を呪えよッ! あの気持ちは、消えてなんかいないはずだ! なのに、どうして、どこに行ったんだよ!」


 少年の衝動的な問いに、俺は答える。


「ここに」


 自分の胸を、軽く掌で叩いて。

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