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13 夢の世界




「ここは、ボクの夢の世界。ボクだけが幸せな夢を見ることが出来る、閉ざされた世界だ」


 少年は語りだす。


「力の無かったボクには、守りたいものも守れず、成りたい何かにも成れなかった。誰でもないただのボクは、失うだけだった」


 世界の景色が変わる。


 キャンディゴブリンが、人間の兵士や冒険者らしい者たちに次々と殺される光景が繰り返される。

 恐らく、少年の記憶だけではない。この海に身を投げた、すべてのキャンディゴブリンの無念の記憶なのだろう。


 なるほど、きっと少年は、自分以外の無念を受け取ってしまい、こうなったのだろう。


「世界が憎い。こんな残酷な生き物を許している世界が。多くを望んだわけでもないのに、すべてを奪われる運命が。何より、みんなを苦しめて殺した人間が憎い」


 その恨みが、やがて少年を変えたのだろう。ごく普通の少年を、世界を侵食する呪怨にまで育ててしまった。


「だから、世界なんて壊れていい。無くなっていい。ボクにとって大切なものは、もう思い出の中にしか残ってないんだから。覚めない夢だけあればいい」

「それで、世界を壊そうと?」


 俺の問いに、少年は頷く。


「うん。外の世界なんて要らない。無くなってしまえば、ボクが夢から覚めることもなくなる。静かに、夢の世界に閉じこもっていられるから」


 童鬼が何故侵食を始めたのか、その理由が垣間見えた。


「貴方なら、わかるでしょ? ボクの気持ちを」

「ええ、分かりますよ」


 世界を厭う。大雑把で、ある種の誇大妄想とも言えるそれを、俺は否定できない。

 俺には少年ほどの理由は無いが、それでも妄想に取り憑かれていた頃はあった。だから少年の心の一部に共感することも出来る。


「ですから、私は君が夢見ることを否定しません」


 そして、あまりにも少年にとって都合がいいばかりの、この夢の世界に。

 俺は、もっと違う意味を見出している。


「憎い人間に復讐する。大切な人たちに好かれる。能力を認められ活躍する。都合よく並べ立てられた出来事ばかりが起こる。そんな夢を、君は醜いと思っていますね?」


 言われて、ムッとする少年。


「醜いさ。でも、醜くて何が悪いんだよッ!」


 叫ぶ少年を宥めるように、俺は少年の頭を撫でる。


「いいえ、醜くはありませんよ」


 納得しかねる様子で、少年はムスッとした表情を浮かべる。


「君には選択肢があった。もっと残虐で、もっと都合の良い夢を見ることも出来た。人間を傷つけることを目的にすり替えることも出来た。けど、君はそうしなかった」


 世界を侵食するほどの怨念に飲み込まれてなお、少年は少年らしい、ある意味で平凡な夢を見ることを選択した。


「君は、自分の傷と同じだけ誰かを傷つけることよりも、自分の傷が癒えるような世界を選んだ。この夢は、醜い悪意の世界ではない。君が前を向く準備をする為の世界です」


 俺の言葉に、少年は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「けどボクは、外の世界を呪っているんだ!」

「ええ。本心では傷が癒えることを願っていても。前を向こうと足掻いていても。それでも誰かを呪うことをやめられないという気持ちがあるのでしょう」


 心というものは、理屈だけで出来ては居ない。矛盾する思いを一度に抱えてしまうことも当然ありうる。


「ですが、それはおかしな感情ではない。心があるなら、誰だって抱いてしまう当たり前の負の感情です」


 俺は少年を抱きしめて語りかける。


「君が夢の中で、一人で傷を癒やすのは理想でしょう。ですが、そんなものは理想に過ぎない。心があるから理想を抱くのだから、心のせいで道を間違えるのも当然のことなんですよ」


 そして、この少年のように道を間違えた者を導くのが、俺たち大人の役割なのだろう。

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