12 闇の底
入ってみれば、穏やかなものだった。
童鬼の襲撃も、呪いによる侵食も無い。マルクリーヌから取り込んだ呪いによる体調不良以外、なんの不安要素も無く、闇の中を進んだ。
しばらく歩いて、最深部らしき場所に到達した。
これまで見たどの童鬼よりも遥かに黒く、闇よりも深い闇だと感じられる童鬼がそこで待っていたのだ。
「戦い、ますか」
俺はダークマター製のカランビットナイフを生成し、構える。
すると、待ち構えていた童鬼の姿が崩れ、闇の奔流となってこちらに雪崩込んでくる。
「グッ!」
回避は、間に合わなかった。
闇に飲まれ、意識が朦朧とする。
気づくと、俺はどこかの街に居た。
見覚えのない街の只中。冒険者ギルドらしい建物の前。
「よーし、ここが冒険者ギルドか!」
そして。俺の眼の前には、冒険者に成り立て、といった初々しい装備で身を包んだ、ピンク色のゴブリン、つまりキャンディゴブリンの少年が立っていた。
この少年だけではない。街をゆく人々の全員がピンク色のゴブリン。つまりキャンディゴブリンであった。
どうやらここは、キャンディゴブリンの街らしい。
少年が冒険者ギルドに入っていくと、俺も付き従うように、勝手に移動する。
ここでの俺は少年から離れられないらしい。
ギルドに入ると、少年は受付に向かって声を掛ける。
「あの、冒険者になりに来ました!」
「新規登録ですね?」
「はいっ!」
少年の冒険者登録はつつがなく進んでいく。
すると、テンプレよろしく邪魔者が乱入する。
「おいおい! よちよち歩きのガキンチョが冒険者登録に来てやがるぜ!」
どこかで見たことあるような絡み方で少年にいちゃもんを付けたのは、不思議なことにこの街で、いや、おそらくこの世界で唯一の人間だった。
「なあ、ガキンチョ。その年で冒険者になるのかぁ?」
「ああ。山奥でじいちゃんの研究を手伝ってたんだけど、じいちゃんが亡くなったから一人で生きていく為に冒険者になりに来たんだ」
少年の言葉を、人間は鼻で笑う。
「おいおい! 研究なんざやってたヒョロヒョロのガキンチョに冒険者が務まるとでも思ってんのか? か~っ、ナメられちまってんなぁ、おい。冒険者っつうのは、お勉強ができりゃあできる仕事じゃねぇんだぞ? アァン?」
人間の言葉に、少年はムッとした様子で言い返す。
「だったら、何ができればいいんだよ?」
「腕っぷしよ、腕っぷし! 何なら、俺様が腕試ししてやろうかぁ!」
「分かった。それなら、ボクが思いっきりアンタを殴るから、それで判断してくれよ!」
「いいぜ、来なぁ!」
次の瞬間、少年は目にも止まらぬ速さで人間の身体を殴り抜き、人間は勢いよく吹き飛ばされる。
冒険者ギルドの壁まで貫いて、吹き飛ばされた人間は意識を失っていた。
「え~っと、ボク、なにかやっちゃいました?」
こうして、少年の快進撃は始まった。
その後も、少年のキャンディゴブリンは次々と大活躍を繰り返す。
新人なのにSランクの魔物を倒して一気に冒険者のランクが上がったり。
犯罪ギルドを潰して、街の平和を守ったり。
スタンピードから街を守る戦いで活躍し、一躍有名になったり。
そうした出来事が次々起こり、少年は必ず、そして容易く活躍し、仲間のキャンディゴブリンを守った。
そして、時折出てくる悪者は、例外なく人間だった。
無双する少年ゴブリンの姿を見て、ふと思う。
俺が見せられているこの景色が、童鬼の見ている夢のようなものだとしたら?
恐らく、童鬼の元となった存在は、無邪気で夢見がちな、ごく普通の少年だったのだろう。
けれど力が無く、家族や友人、身近な人々を守れず、失意のうちに亡くなった。
この世を恨みながら地中海に身を投げたキャンディゴブリン達の中の一人だったのだろう。
で、あれば。
まだその心に、こんな平和な世界を望むだけの良心が残っているのなら。
対話できる可能性も残っているはずだ。
「聞こえていますか?」
俺は、どこかに存在するはずの童鬼、いや、この世界の主人公である少年に向かって呼びかける。
「私は、貴方と話がしたい。貴方も、私を取って殺そうとはしていない。であれば、対話の余地があるはずです」
ほぼ推測だけの呼び掛けに、しかし少年は応えたのだろう。
世界が揺らぎ、色褪せ、灰色に変わって静止する。
その中でただ一人。少年ゴブリンだけが色褪せないまま残り、俺の方を向いた。





