11 決別の覚悟
マルクリーヌが負傷した途端、波が引くように闇の領域へと戻り、消えていく童鬼達。
なるほど、賢い選択だ。俺自身を襲うよりも、仲間が負傷した方が俺への足止めになる。
腹が立つほど合理的だ。
「くっ、雄一、殿」
じわじわと、腹部から闇に侵食されてゆくマルクリーヌが、声を振り絞る。
「殺してくれ、雄一殿」
「な、何を」
「このままでは、私は貴方を襲う化け物に成り果ててしまう。そうなる前に、私が私であるうちに、殺してくれないか?」
そんな、酷い願いを口にするマルクリーヌ。
「やめてくれ、俺に君を殺すなんて」
「いいんだ。私の身体には、古い時代の勇者の血が流れている。そういう家柄なのだ。勇者であれば、この魂が黒に染まる前に、雄一殿と一つになれるだろう?」
気休めのような理屈を語られても、俺に決心はつかない。
勇者、というよりも召喚者は殺し合うことで互いの魂を吸収する。ただし、この理屈が召喚者の子孫に、どの程度まで適用されるのかは分からない。
そもそも、マルクリーヌの魂を俺が経験値に変えたところで、それは何の救いにもならない。
「頼む。雄、一」
言って、侵食の負担からか意識を失うマルクリーヌ。
一刻の猶予も無い。
俺は、決断を迫られていた。
しかし。
「出来るわけ、ないだろうッ!」
童鬼という大災害をどうにかするため、俺たちはここまで来た。
だが、それは人類の未来の為とか、そういう理屈ではない。
大切な人を守るため。俺にとっての理由はその程度のものだ。
だから、マルクリーヌを見捨てる選択なんて、出来るわけがない。
「戻って来るんだッ!」
俺は言って、マルクリーヌの唇に自分の唇を重ねた。
呪術というものにおいて、口は重要な部位である。
言霊や呪歌といったものは口を通して発せられる。霊を憑依させる術を口寄せと呼ぶこともある。呪術的な意味を持つとされる薬の類も、経口摂取する場合が多い。
つまり、呪いは口を通してやり取りが可能なものとも考えられる。
そんな、気休め程度の概念に期待して、俺は互いの口を通し、マルクリーヌの中に入り込んだ童鬼の呪いを吸い上げることに決めたのだ。
不思議なことに、口付けによってより明確に感じられるようになった異物感、つまり童鬼の呪い。これを俺は、自身の力を扱う時の要領で動かす。
弱い抵抗のようなものを感じるが、無理やり吸い取る。マルクリーヌの身体から口へ。そして口を通して俺の中へ。
一つ残らず、童鬼の呪いを自分の中に取り込んでゆく。
思いの外早く、作業は終わる。
「旦那様っ!」
俺がゆっくりとマルクリーヌから離れると、八色が心配した様子で声を掛けてくる。
「大丈夫だ、問題ない」
嘘だ。童鬼の呪いからくる異物感に、吐き気、寒気がある。顔色にも、出ているかもしれない。
だが、それも些細な問題に過ぎない。
「このまま、マルクリーヌの意識が回復するまで待機するわけにはいかない。俺はあの闇の向こうに行く必要があって、意識のないマルクリーヌの安全を確保する必要もある。同時に解決するのは、難しい問題だ」
「大丈夫です、旦那様! 私が守りますのでッ!」
「それ以上に、確実なやり方がある」
俺は、あるアイテムを懐から取り出す。
「八色。これを握っていてくれないか?」
「えっと? はい」
俺はそのアイテム、球体状の魔道具を八色に握らせる。
そして、魔力を流し込み、効果を発動させる。
すると、大きな魔法陣が八色の足元に展開される。
「旦那様、これは!」
「貴重な転移の魔道具だ。発動したら、範囲内の人物をあらかじめ設定された場所に転移させる」
言って、俺は魔法陣から離れる。
「八色。マルクリーヌを頼む」
「そんなっ!」
八色は俺とマルクリーヌを交互に見て、まずは意識のないマルクリーヌを抱き寄せる。
「旦那様っ!」
「大丈夫。勝って帰るなら必要の無い魔道具だ」
言って、俺は二人に背を向け、暗黒領域に向かって歩き始める。
「っ、お気を付けてっ!」
最終的に、八色は俺の判断を信用してくれたらしい。こちらを追いかけてくる気配は無く、見送りの言葉をかけてくれた。
そうして、二人が転移の魔道具でこの場から姿を消すと同時に、俺は暗黒領域に足を踏み入れた。





