01 開店準備
元宿屋だった建物は、想定以上に私にとって都合の良い物件でした。
入り口は通りに面していて比較的大きい。入るとまず酒場代わりの広いエントランスがあって、奥に調理場と倉庫。階段を上がれば部屋が四部屋。確かに宿としては小さく、夜にお酒を出すことで利益を出していたようですね。
エントランスを店舗に改築し、調理場は事務所に。二階は居住と在庫保管の倉庫に使いましょう。宿の受付に使っていたらしいカウンターは解体して、事務所側に新しくカウンターを作ってレジも置きましょう。
二階への階段は鍵付きの扉を作って、お客さんが勝手に入れないようにしましょう。どこかひと部屋を、従業員控室として利用するのもいいかもしれません。
ともあれ、まずは清掃です。しばらく使われていなかった分、埃が積もっています。それに、有咲さんが住む為の部屋をまずは片付けなければなりません。
「さて、有咲さん。どの部屋がいいですか?」
私は有咲さんを連れ、二階に行きます。希望の部屋を、有咲さんの自室として使うつもりです。
「おっさん、アタシの部屋以外はどう使うつもりなんだよ」
「倉庫と、後はいずれ従業員を増やした時には更衣室や控室として使うつもりです」
「じゃあ一番奥」
こうして有咲さんの部屋は決まりました。
幸い、どの部屋にもベッドと最低限の家具は残っていました。元々が冒険者向けの宿だったのですから、当然と言えば当然でしょう。
部屋の掃除だけ手伝ったら、後は有咲さんに任せてしまいます。有咲さんが自分の部屋を好きに模様替えしている間に、私は宿の掃除を済ませてしまいましょう。
掃除をしている最中に、ちょうどよいものを発見しました。足の折れた木製の長テーブルです。木をそのまま使った、趣のあるデザインで、ちょうど看板等に利用できそうです。店の裏手に置きっぱなしになっていたものを、中に入れてしまいます。
すると、ちょうど部屋の模様替えが終わったのか、有咲さんが二階から降りてきていました。
「おっさん、何してんの?」
「おお、有咲さん。ちょうどいいところへ来てくれました」
私はそう言って、有咲さんの方へ歩み寄ります。
「あのテーブルの足を外して、看板に再利用しようかと思っていまして」
「ふーん。いいんじゃない?」
「そこで有咲さんに最初の仕事をお願いしようかと思います」
「は? 足外すぐらい自分でやれよ」
怒られてしまいました。ですが、残念。違います。
「そうではありません。看板の書き文字を、有咲さんにお願いしようかと思いまして」
「あー、そういうこと。いるよね、文字とか女子に書かせたら可愛くなるだろ、みたいな奴。バイト先で何回かやらされたことあるわ」
なんだか言葉が刺々しいです。可愛い姪っ子に嫌われていると思うと少し堪えますね。
「お願いできませんか、有咲さん?」
「まあ、いいよ。ここに住ませてもらうんだし。従業員になるならそれぐらいはやるよ」
「ありがとうございます」
「で、なんて書けばいいの? 書く道具は?」
「さすが有咲さん。よく気づきますね。私は全く考えていませんでした」
「アホだろおっさん」
ぐうの音も出ません。店の名前も考えていなかったのは事実ですし、書く道具も用意していません。
「そうですね、店の名前は『洞窟ドワーフ魔道具店』でいきましょう」
「洞窟ドワーフ?」
「この世界で有名なおとぎ話に出てくる種族です」
「へぇ。まあなんでもいいけど。で、書くものは?」
言われて、私は収納袋の中身を探ります。シュリ君から貰ったものの中に、魔法陣を書く為に使う筆があったはずです。魔法陣用の質の良い塗料もあったはず。
両方を取り出し、有咲さんに渡します。
「これを使ってください」
「これ、筆もインクも良いやつなんじゃない?」
「そうなのですか?」
「王宮にいる時、金浜とかが魔法陣の練習する時に使ってたやつと同じっぽいし。おっさん、なんでこんな良いもん持ってんの?」
「まあ、色々ありまして」
シュリ君と性行為の約束と引き換えに貰った、とは説明できません。相手は女子高生ですから。セクハラになる話題は避けねばなりません。
その後、手っ取り早くテーブルの足を壊して取り外し、すぐに看板として使える状態にしました。
「では、看板はお願いしますね。文字はできるだけ可愛くしてください」
「はいはい、分かってるって」
有咲さんは言いながら、看板と向かい合います。真剣な表情で筆を握っています。これなら、任せてしまっても大丈夫でしょう。
「有咲さん、すこし出かけるので、その間に看板の方をお願いします」
「あ? どっか行くの?」
「はい。店として営業するために必要なものを仕入れに行きます」
私はそう告げると、店に有咲さんを残して出掛けます。
目的地は、冒険者ギルドです。今日だけで三回目の訪問です。
本日のこの投稿までで、一週間続いた連続投稿は締めとなります。
これからも投稿は続きますが、ペースは下がります。
出来るだけ更新をしていきたいとは思っていますが、どれだけの更新ペースを維持できるか、自分でも分かりません。
それでもこの作品を面白いと思ってくださる方は、ぜひこれからも末永くお付き合い下さいませ。
皆様が作品を楽しめるよう、最善を尽くしていこうと思います。
また、もし宜しければブックマークや評価を付けて頂けると幸いです。
作者のモチベーションにも繋がり、更新頻度が上がるかもしれません。