05 地中海の異変
召喚者への通達内容を会議で決めてから、一ヶ月が経過した。
俺達の狙い通り、召喚者は過剰にレベルを上げることを忌避し、また、王国側も召喚者が制御不可能な怪物へと成り下がるリスクを危惧し、安易に頼るようなことは無くなった。
その為、乙木商事に関わりのある召喚者以外も、直接の戦闘行為に利用される回数が減った、とシュリ君から報告があった。
また、召喚者の武力をチラつかせての貴族の暗闘も、同様に落ち着きつつあるという。
神に至る可能性と、その回避方法を伝えた召喚者については、ちゃんとリスクを理解してくれたようで、誰もが平和な日常を謳歌していた。
例えば金浜君は、勇者として魔物の討伐に引っ張りだこ、というような状況から開放され、現在は貴族の一員としての教育を受け、王都にある屋敷へ缶詰状態になっているそうだ。
一切の戦闘行為を無くすことまでは不可能だったものの、こうしてリスクを低減することには成功した。
これで召喚者が、ある日突然神に至ることも、不必要な殺し合いに発展してしまうこともまず無いだろう。
だが、そんな平和な日々をぶち壊すような一報が入った。
世界的に展開する、乙木商事の支部からの情報だ。
何でも、ある時期から突然、見たこともない魔物が大量発生し、周辺地域を『汚染』、あるいは『侵食』しているのだとか。
これだけを聞いても意味が分からなかったが、詳細な報告が届き始めたことで、事態を把握できた。
まず、場所は地中海。メティドバン、そしてかつて存在していたキャンディゴブリンが暮らしていた地域で、件の魔物は発生しているらしい。
外見は小さなゴブリン、といった形状をしていて、しかし姿は真っ黒。それも皮膚が黒い、等というレベルでは無く、夜空の闇、暗黒そのものといった黒一色だそうな。
さらに、これが最も重要なのだが、黒いゴブリンのステータスを、鑑定可能なスキルを持つ者が調査した結果、恐るべきことが分かった。
なんと、ステータス、スキル共にERROR表記。つまり、神に至る条件を満たしているのだ。
そんな化け物が、地中海を中心に無数に湧き出ている。
さらには、黒いゴブリンは土地や周辺の植物を闇に飲み込み、黒い何かへと変貌させてしまう。これが他の魔物や人間であった場合、飲み込まれた後に変貌し、黒いゴブリンになってしまう。
この黒いゴブリンに現地の戦力では対応できず、今も闇に飲まれた領域は拡大を続けているという。
寝耳に水の恐るべき事態に、乙木商事でも対処をすることになった。
黒いゴブリンの領域拡大に、限界があるかどうかも分からない。放置して強大な力を得て、対処不可能になってから行動しても遅いのだ。
一刻も早く、対処すべき事態だという認識は誰もが共有出来ていた。
俺個人としても、大切な家族を守るために、家族が生きる世界が平和であるように、この事態から逃げるわけにはいかない。
たとえ、俺が神に至るような事態になるとしても、だ。
無闇に戦うつもりは無いが、俺でしか対処できない状況を無視はしない。
こうして戦う覚悟を決めた上で、俺は地中海で起こった異変への対処に動き始めるのだった。





