34 優良物件
有咲さんを従業員として雇う約束をした後。ようやく身分証明証となる書類を発行してくれたギルドを出て、不動産屋へと向かいました。
有咲さんも連れてきています。が、まるで借りてきた猫のようにおとなしくしています。場所もわきまえず調子づくほどのお馬鹿ではないようで安心しました。これなら接客業を任せても良さそうです。
ギルドの身分証明書類を渡すと、不動産屋の人は驚いていました。
「おお、ギルドの証明書ですね。しかもこれ、ギルドの責任保証書ですよ」
「責任保証書、ですか?」
「ええ。何か問題があればギルドがある程度肩代わりする、という内容のものですね。ベテランの、それも優れた冒険者でなければこういうものは発行されませんから。よほどの腕前だったんでしょうねぇお客さん」
どうやら、ギルドが発行してくれた書類はかなり良いものだったようです。こうなると、ギルドにも何か恩を返したいという気持ちになります。
ギルドからの仕入れを贔屓にするぐらいのことはしましょうか。いずれ、の話ですが。最初は私が自分で仕入れをしないといけませんし。
資金は店舗と当分の生活費で吹き飛びます。有咲さんの生活も保証しなきゃいけないので尚更です。
「さて、乙木様にご紹介しようと思っていた物件なのですが。実はご提示頂いた条件にほぼ当てはまる物件が一軒だけございまして」
「ほう、それはどのような?」
「こちらの物件です」
そう言って、不動産屋の人は幾つかの書類をこちらに渡してくれます。私はそれに目を通し、内容を確認します。
築四十年の、元は宿屋として営業していた物件。宿としては小さく、元々は老夫婦が経営していた。それが今年になって、老夫婦の夫が腰を悪くしてしまったそうです。宿を畳んで治安の良い区画に、小さな家を買って引っ越し。後に残されたのが、この物件。
立地は冒険者が利用する宿場通りの端の方。少し道を外れて行けば住宅街があります。冒険者がギルドに向かう為に使う道と重なっていて、人通りは多いはず。
望み通り以上の物件です。私が提示した条件よりも、さらに都合が良い。多少古い物件のようですが、それも問題ありません。私が付与魔法で補強すれば良いだけですから。
「最高です。こういう物件を正に探していました。しかも、空いたのは今年ですか。本当に運が良い」
「立地的に、宿を経営する人でないとなかなか欲しがらない場所でして。乙木様が即金でお支払いして下さるんでしたら、少しばかりお安くして、これぐらいの金額でどうでしょう?」
不動産屋の人は、金額を紙に書いて提示してきます。内訳は物件が一割、土地代が九割といったところです。ただ、立地自体が良いからか、安くして貰っても私の三ヶ月分の稼ぎが九割ほど吹き飛びます。
しかし、立地の良さを考えるとこれは安い。本当に宿の経営以外を視野に入れていないからこその値段でしょう。
「分かりました。お支払いしましょう」
私は言って、収納袋から次々と金貨袋を取り出します。私の稼ぎの全てがここに入っています。
収納袋から、明らかに容量以上の物が出てくるのを見て、不動産屋の人は驚きます。
「これはこれは、なんと。アイテム収納袋ですか。貴重な魔道具ですな、実物は初めて見ましたよ」
「そうなのですか? 実は、容量は少ない方なのですが、私の魔法の師匠から餞別として譲り受けたものでして」
「これほどの魔道具を餞別として下さるとは、きっと高名な方なのでしょうな」
「ええ。師匠は宮廷魔術師です」
「なんと! すると、乙木様は宮廷魔術師様のお弟子さんだったのですか」
「一応は。学んだ期間はほんの僅かな間でしたが、それでも弟子を名乗ることを許していただけました」
「なるほどなるほど。ギルドが責任保証書を発行するのも頷けますな」
実はギルドの方は私がシュリ君の弟子だなんて知らないのですがね。恐らくシャーリーさんが便宜を図ってくれたのでしょう。まあ、ここでそれを言うと話が広がりすぎるので黙っておきます。
話をしながらも、不動産屋の人は順調に金貨の枚数を数えていきます。そして金額ぴったりの金貨だけ受け取り、残りをこちらに返却してくれます。眼の前で数えるのも含め、こっそり数枚抜き取ったりしないという誠実の現れでしょうね。
「では、これでこの物件は乙木様のものです。後は書類に幾つかサインをいただければ、もう今日にでも使っていただいて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。乙木様が居なければ土地を余らせ遊ばせることになりそうでしたから」
確かに、立地だけは良い場所ですからね。宿をこれから開業しようとする人が手を出すには高すぎる物件です。もっと土地の安い場所か、同じ額でも宿場通りの中心地を普通なら選ぶでしょう。
その後、私は契約条項を確認した上で書類にサインをしました。これで、宿場通りの片隅が正式に土地も含めて私のものです。
私は早速、有咲さんを連れてその物件へと向かいました。