03 英語の手記
「乙木さん。どうでしょうか、読めそうですか?」
「ええと、どうでしょう。今代の勇者の中にも、読める人がいてもおかしくは無いのですが。私では正確な意味を読み取るのは」
お婆さんから手記を預かり、何ページか開いて確認してみる。どこもかしこも、びっちりと英語で書かれており、義務教育レベルの英語知識しか無い俺には到底読み解けるものではない。
この展開は、予想していなかった。
どうしようか、と考え込んでいると、お婆さんの方から提案がある。
「よろしければ、今代の勇者様に手記をお見せくださいな」
「ええと、そうなるとここから別の場所へ持ち出しをする必要が出てくるのですが」
「構いませんよ」
お婆さんは笑みを浮かべて言う。
「王都からの依頼で、過去の勇者様について調べるなんて。きっと、今代の勇者様に何か必要だからやっていることなのでしょう? でなければ、今更こんな古い手記まで探し求めて来るなんて、ありえませんもの」
お婆さんの鋭い指摘に、俺はつい目を見開く。
「であれば、ぜひ持っていってくださいな。手記よりも、今を生きていらっしゃる勇者様の方がよっぽど大事ですから。何か勇者様の役に立つのであれば、ぜひ」
そのご厚意に、俺は幾らか迷った後、甘えることにした。
「感謝します。この手記を、必ず読み解ける勇者へとお渡しすることを誓います」
「よろしくお願いします、乙木さん」
こうして、俺は英語で書かれた勇者の手記を入手することに成功した。
輸送車両に乗り、手記と共に大森林自治区へと帰る道中。
誰なら読み解けるだろうか、と思案する。
辞書でもあれば、有咲のカルキュレイターで意味を読み解くことも可能だったかも知れない。しかし、そもそも単語の意味に関しての知識が抜けているのだ。インプット不足では、カルキュレイターでも正しい結果は導き出せない。
となると、英語について詳しい知識がある可能性のある人物、つまり召喚者の中でも教員側だった人物に頼るのが最も期待値が高い。
一人目は養護教諭の鈴原歩美さん。医学、看護学の知識を学ぶ過程で、英語が必要とされた可能性は十分にある。
二人目はクラス担任の木下ともえさん。どの科目を教えていたかにもよるが、教員として英語の知識を持っている可能性は十分にある。
大森林自治区に帰還後。すぐに候補に上がった二人へと連絡を取る。英語で書かれた文章を、日本語に翻訳できないか、と。
すぐに返事があり、まずは実際に文章を見てみたい、とのことだった。
乙木商事の会議室に三人だけで集まり、極秘情報として手記を見せることとなる。
「こんにちわ、乙木さん」
「その手記が、例の英語で書かれた手記、というやつですか?」
「ええ。どうでしょう、翻訳出来そうですか?」
俺が渡すと、まず鈴原さんが中身を見て、首を横に振る。
「駄目ね。スラングっぽい表現も多いですし、私の知識じゃ正確な翻訳は難しいと思います」
次に木下さんが手記に目を通す。
「これなら、私の方が適任ですね! 学生時代、実は一年ほど留学していたことがあるんです! かなり若者言葉っぽい文章なので、ちょっと時間は頂きますけど」
「翻訳して頂けるなら問題ありません。よろしくお願いします」
こうして、木下さんに翻訳を依頼することとなった。
その後、注意点について説明し、特に内容を誰にも漏らしてはならないことを念入りに確認して、手記を木下さんへ渡して解散となった。





