33 有咲の追放事情
興奮しがちな有咲さんを宥めて、どうにか話のできる状態にしました。その後、ソファに座って詳しい話を聞きます。
案の定、有咲さんは王宮から追放されてしまっていました。理由は有咲さんのスキル『カルキュレイター』にあります。
どうやらコンピューター並みの高速演算が可能となるスキルらしいのですが、有咲さん自身が頭が良くない為、使い道が分からなかったそうです。その関係でどうしても実力が伸び悩んでいたとか。
気付けば、有咲さんのスクールカーストは底辺まで落ちていたそうです。クラスの嫌われヲタクらしい真山君とやらにも馬鹿にされるほどだったとか。
ギャル仲間や、取り巻きだった男子たちにもボロクソに言われていたそうです。時には肉便器、と呼ばれて性行為を強要されそうになっていたとか。かろうじて騎士団員の助けを借りて身は守っていたそうですが。
そんな王宮での日々の中、ついに有咲さんの追放が決定してしまいました。
有咲さんは嫌がったそうです。しかし、私という人間を既に追放した前例がある以上、見逃すことは出来ないのだ、と言われたそうです。なるほど、それで私が原因で追放された、という考えに至ったのでしょう。
追放後は、事前に騎士団員から聞き及んでいた冒険者ギルドに来ることとなり、そして後は知っての通り。依頼も受けれず、途方にくれていたそうです。
「まず言わせてもらいます。私が居なくても、王宮は貴女を追放したでしょう」
「うるせえ! テメエまで役立たずだって言うつもりか?」
「いえ、違いますよ」
私は、王宮が勇者を、六ツ賀谷高校の生徒たちを戦争の道具として使おうとしていることを詳しく説明します。マルクリーヌさんの証言等から裏も取れている、とも話します。
すると、有咲さんは途端におとなしくなります。
「アタシ、人殺しをやらされるかもしれなかったんだ」
「そうなりますね。幸い王宮は見る目が無いので、貴女を追放しました。これで、戦争に関与する必要はなくなります」
「でも、生活できなきゃ死ぬだけだろ。そんなのどっちにしろ嫌だよ」
「大丈夫です」
私は断言しました。すると、有咲さんは不機嫌そうにこちらを睨みます。
「テメエに何が分かんだよ」
「分かります。有咲さんの面倒は、私が見ますから」
「ハァ? 意味分かんねえんだけど?」
有咲さんは威圧するような声で疑問を投げかけてきます。
「実は私、冒険者としてそれなりに活動してきて裕福なんです。今日、ちょうど家を買って新しく商売をしようと思っていました。有咲さんには、そのお店で従業員として働いてもらいましょう。住み込みですから、寝床の心配もありません。冒険者のような危険な労働でもありません。どうですか? 良い条件だとは思うのですが」
私が説明すると、有咲さんは呆気にとられたような顔でこちらを見ます。
そして少し間を置いてから、訊いてきます。
「なんでおっさん、アタシの為にそこまでするんだよ。意味分かんねえよ。赤の他人なのにさ」
「それが、他人というわけでもないんですよ。有咲さん。お母さんの名前は?」
「は? 紀恵だけど?」
「あの人、私の姉なんです」
言った途端、有咲さんは固まってしまいます。どうやらかなりの驚きだったようですね。
「つまり私は貴女の母方の叔父というわけです。私から見れば、有咲さんは可愛い姪っ子ですからね。助けてあげたいと思うのは当然のことです」
私が説明するほどに、有咲さんは驚きを顔に浮かべます。そして、こちらを指差しながらぷるぷる震えつつ言います。
「も、もしかして、雄一お兄ちゃん?」
「あ、そう呼んで頂けますか。久しぶりで嬉しいですね」
「うそだろ! 全然顔が違うじゃん!」
「有咲さんと会ったのは、まだ私が仕事に忙殺されてはいない頃でしたね。ちゃんと眠っていましたから、大分顔色は良かったはずです」
「いや、顔色っていうか、別人っていうか」
有咲さんは混乱しているようです。未だ私が雄一お兄ちゃん本人だと信じて頂けないのでしょう。
仕方ないので、あの話を掘り返しましょう。
「最後に会ったのは、夏休みの時でしたね。かき氷を食べ過ぎた有咲さんはお昼寝した後におねしょをしてしまって、私はその後片付けで大変でしたよ」
「ばっ、バカじゃねえの! なんでそんな話いまするワケっ?」
「これで私が雄一お兄ちゃんだと信じてもらえましたか?」
「あー、それは信じるけどさ!」
有咲さんは頭を抱えながら言います。どうやら信頼を得られたようですね。良かった。
「影のあるイケメンだった雄一お兄ちゃんが、どうしてこんな変なおっさんになっちまったんだよ。初恋だぞ。ショックすぎるだろ」
何かを小さな声でブツブツと呟く有咲さん。小さすぎて、何を言っているか聞き取れませんね。聞き耳スキルを発動していれば聞き取れたかも知れませんが。
「さて、有咲さん。私が雄一お兄ちゃんだと信じて頂けたところで、もう一度提案します」
私は本題に話を戻します。
「これから私が開業するお店で、従業員として働きませんか?」
再度の提案に、有咲さんは思案するように俯きます。そして少し時間を置いてから、口を開きます。
「おっさんのことは嫌いだ。でも、冒険者はできそうにないし。こうするしかねぇよな」
そう言って、有咲さんは右手を差し出してくれます。
私は、有咲さんの手を取って握手を交わします。
「では、これからよろしくお願いします、有咲さん」
「ケッ。よろしく」
顔を逸した有咲さん。その頬が、少し赤くなっているように見えます。
血が上るほどとは。よほど私のことが気に入らないのでしょうね。