02 老舗トーフ蔵の記録
『なるほど。勇者主導でトーフを開発し、広めたのだとしたら、当時の勇者の中にウェインズヴェールの人々と親しい人物が居たはず。彼か彼女か、その人物の個人的な手記等がウェインズヴェールになら残っていても不思議ではない』
松里家君が、有咲のアイディアを肯定する。
『良い着眼点じゃないか!』
「へへっ、まあな!」
『じゃあ、ウェインズヴェールに調査員を派遣しないとだね』
「あ、ちょっと待ってください」
手早く話がまとまりそうなところに、待ったをかける。
「ウェインズヴェールであれば、私が行きましょう。トーフ蔵とは取引がありますし、乙木商事の支社工場もあります。他の誰かが出向くよりも、話が早く済むはずです」
『それなら、ウェインズヴェールの調査はオトギンにお願いしちゃおうかな?』
「ええ、任せてください」
『では、僕たちは引き続き王都の記録と、勇者の細胞を使った実験、研究を続けますね!』
こうして、俺とシュリ君と松里家君、それぞれの方針は決まった。
やるべきことが決まった後は早く、その日の中にまた大森林自治区を出ることを家族のみんなに夕食の席で伝えた。
準備すべきことは夜のうちに終え、翌朝には出発する。
ウェインズヴェールは龍の里ほど遠くはない為、その日のうちに到着する。
乙木商事支社工場に輸送車両を預け、まずは取引のある老舗トーフ蔵、かつて有咲と訪れた場所へ向かう。
「おばあさん、お久しぶりです」
「あら、乙木さん。いつもお世話様です」
俺がトーフ蔵の店舗部分に入ると、店番をしていたお婆さんが出迎えてくれる。
このトーフ蔵のトーフを、乙木商事では高級志向品として販売している。工場で製造しているトーフは大量生産の廉価版で、少しだけ割安。どうせ食べるならちょっと奮発して高級品の方を、という気持ちに成りやすい程度の価格差を付けて販売している。
廉価版による宣伝、普及効果と価格設定、そして何よりここのトーフ蔵の高品質で美味しいトーフの力もあり、現在のトーフ市場は拡大の一途を辿っている。
その結果、トーフ蔵もかなり儲けているので、俺の待遇はかなり良い。
「トーフの販売で、何かありましたか?」
「いえ。今回は別件でお伺いさせて頂きました」
ここで詳細を伏せながら勇者についての調べ物を王都から依頼されており、ウェインズヴェールに当時の勇者についての記録等が残っていないか調べに来たことを伝える。
「おばあさん。何か、そういった資料が残っているとかいう話は聞いたことありませんか?」
「ええ、資料ですか」
お婆さんは頷いた後、当然のように言う。
「うちにありますよ。勇者様の手記」
「ええっ!」
まさか、このトーフ蔵が一発ビンゴだったとは。
「もちろん、そう言い伝えられているだけの不思議な手記が蔵に保管されているだけで、本当に勇者様の手記かどうかは分かりませんけれど」
「分からない、とは?」
「読めないんですよ。どこの国の言葉か、さっぱりなんです」
それは、むしろ本当に勇者の手記である可能性が高まった。
この世界の言葉を、俺たち召喚者はなぜか母国語と同じ感覚で話せるし、読み書きできる。
しかし、それは母国語がこの世界の言葉に入れ替わったという意味ではない。母国語もまた、召喚前と同様に扱えるのだ。
当時の勇者が、人に見られたくない情報、例えば神に至る過程等を手記に纏めたとすれば、この世界の言葉ではなく、母国語を選ぶはず。
つまり、日本語で手記は書かれているはずだから読めないのも当然、というわけだ。
「その手記を、見せてもらうことは可能でしょうか?」
「ええ、構いませんよ。ずいぶん昔に、領主様主導で過去の勇者様の資料は保存の魔法が掛けられておりますから。少し見るぐらいであれば」
トントン拍子で閲覧許可が出て、そのままお婆さんの案内で手記が保存されている蔵へと案内される。
長い歴史の中で、このトーフ蔵が使ってきたトーフ製造用の器具等が保管されている蔵の一番奥。ひっそりと、小さな箱が置かれてあり、その中に手記は保管されていた。
「どうぞ、乙木さん。こちらが勇者様の手記です」
「これ、は」
お婆さんに手渡された手記を見た途端、俺は目を見開き、驚きのあまりに言葉を失った。
表紙に使われていた言語は、日本語ではない。
英語だったのだ。





