32 有咲と薬おじ
無事冒険者として登録を終えたらしい有咲さんが、受付から離れます。そして早速、依頼票の貼り出された掲示板に向かい、依頼を吟味します。
「なにこれ、意味わかんない」
何だか困惑しているようです。
「こんなん、どうやっていいのか分かんないじゃん」
消え入るような、弱々しい声で文句を言っています。
どうやら、依頼をどうやって達成していいのかが分からず、そもそも選べないようですね。
それも仕方ありません。最も簡単な常設依頼でさえ、王都の外での採取になります。土地勘の無い異世界の子供が出来るような仕事ではないのです。
そして、冒険者というのは便利屋ではありません。雑用や住民のお悩み相談のような依頼は、無くもないですがほぼ存在しません。あっても、新人冒険者が早いうちに依頼を受けてしまいます。こんな時間には残っていないでしょう。
つまり、女の子が街の中で安全に達成できるような依頼は存在しないのです。
有咲さんはうろうろしながら、ただ依頼の前で困惑しています。
そこへ、三名ほどの男性冒険者が近づいていきます。
親切な人かな?
「お嬢ちゃん、なにか困ったことでもあるのかい?」
「は? 何だよお前ら。関係ねぇだろ」
「そう言うなよぉ。なぁ、悪いことは言わねえ。そんな泥臭い仕事なんかしてねえでよ。お嬢ちゃんぐらいのツラしてりゃあ幾らでも楽な仕事があるぜぇ?」
「うるせえな。分かってんだよこっちも! それが嫌だから冒険者ってのになったんだよバーカ!」
「へへ、反抗的な態度も今のうちだけだぜぇ?」
そう言って、男たちが有咲さんを囲みます。ちなみにギルドの施設内とは言え、荒くれ者が基本です。この程度のトラブルは日常茶飯事であり、ギルドは介入しません。
つまりこのまま行くと、有咲さんは男たちの慰み者になってしまいます。
さすがに、可愛い姪っ子がそんな目に遭うのを黙って見ているわけにはいきませんね。
私はソファから立ち上がり、有咲さん達の方へと近寄っていきます。
「どうしたんですか?」
私は話しかけます。
「げっ、薬おじ!」
男たちの一人が反応します。ちなみに薬おじというのは、薬草おじさんの略です。最近の私のあだ名でもあります。
「あっ、テメエおっさん! なんかあんのかコラ!」
有咲ちゃんは早速喧嘩腰になります。私のこと嫌いなようですね、この子。
「私と、こちらの女の子、有咲さんは知り合いなんですよ。それでもお誘いになるつもりですか?」
とりあえず、有咲さんの喧嘩腰については後回しです。冒険者の男三人組に言って、順に顔を見回します。
「いや、アンタの知り合いに手ぇ出すほど馬鹿じゃねえよ」
「悪かったなオッサン」
「チッ」
私がでしゃばった途端、男たちは引き下がります。私個人だけの圧力ではこうもいきません。私はCランクのベテラン冒険者さんと繋がりがあり、仲良くしています。彼らのようなEかDランクのごろつきが喧嘩を売れる相手ではないのです。
男たちが引き下がるのを、有咲さんは驚いた顔で見ていました。そしてすぐに気を取り直したように、私と向かい合います。
「わりぃ。テメエのお陰で助かった」
「いえいえ、無関係ではありませんからね」
私はそう言って有咲さんに微笑みかけます。顔に自身がないので、ちゃんとした笑顔になっているか心配ですね。
ただまあ、有咲さんには関係ないようです。
「でもおっさん。助けられたからって、テメエのことは許さねえからな」
はて。私は何か有咲さんに恨まれるようなことをしたのでしょうか。
「私が何かしましたか?」
「うるせえ! アタシが追放されたのは、テメエのせいなんだよ!」
そう言って、有咲さんは涙目でこちらの胸ぐらに掴みかかってきました。





