03 救護室
建設中の施設を見回った後は、仮設の救護室へと向かいました。
開発途上の拠点である以上、怪我人はどうしても数多く出てしまいます。
ですので、この場に怪我人を集め、強力な回復系のスキルを持つ人員を動員し、集中的な治療を行っているというわけです。
そして、この場に視察に来た理由は主に二つほどあります。
一つは、ここで働いている涼野さんのパーティメンバー、仁科雪さん、鈴原歩美さん、木下ともえさんの三人に会うためです。
救護室に入ると、丁度鈴原さんが治療を終えたところでした。
「はい、これで傷は塞がりましたよ」
「ありがとうございます!」
魔物との戦いで負傷したらしい警備部門の社員が、鈴原さんに頭を下げて退出していきます。
そして、鈴原さんの傍らでは木下さんが仕事を手伝っていました。簡単な事務作業を肩代わりしているようです。
「お二人とも、仕事の調子はどうですか?」
「乙木さん? ええ、滞りなく治療は出来ていますよ。やっぱり周囲が魔物の森ということもあって、負傷者が多いのは少し気になりますが」
「立地上、仕方のないことですからね。実力的に見合っていない社員は連れてきていないので、大きな怪我等は少ないはずですが」
「はい。記録上でも、大怪我を負った人はほとんど居ませんね」
私と鈴原さんの会話に、木下さんが資料を見ながら補足します。
「それに、大怪我を負った人でも私たちのスキルであれば大抵は治療できます。命さえ無事であれば」
少しだけ、暗い雰囲気の声で鈴原さんが言います。
沈黙が流れますが、私はそれを破るように話題を出します
「涼野さんから聞きました。冒険者として、活動を再開するそうですね」
私が言うと、二人ともが頷きました。
「怪我人を治療していると、どうしても考えてしまいました。私達が護衛に参加していれば、怪我をせずに済んだ人がいたはずなのに、と」
「戦争があって、ショックを受けたのは事実ですけど。大人の私たちが、生徒に守られるわけにもいきませんから」
二人の様子から、虚勢を張っているようには見えませんでした。
少なくとも、冒険者としての活動再開自体は無理をしているわけでは無さそうです。
「無理はなさらないでくださいね。こちらから、可能な限りの援助はしますので」
「ええ、いつもありがとうございます、乙木さん」
「いえいえ、それでは」
二人の様子も見れたので、私は別室へと向かいます。
続けて他の救護室に、仁科さんともう一つの目的の為向かいます。
ドアを開ける前、部屋に近づいた段階で既に二人の会話が聞こえます。
「ねえ沙織、お願いだってば! ホント近くに良い温泉があるんだから!」
「それは良いんだけど。雪、最近変なイタズラしてくるでしょ?」
「しないしない! してもちょっとだけだから!」
「もう、結局するんじゃない。それじゃあ行かないからね?」
「もー、そんなこと言わないでよぉ」
姦しい二人の会話が聞こえてきますが、ここは空気を読まずに入室しましょう。
ドアを開き、挨拶します。
「お疲れ様です、仁科さん、それと沙織さん」
部屋に居たのは仁科雪さんと、ついこの間私の妻となったばかりであり、ルーンガルド王国の聖女でもある三森沙織さんです。
戦争中のひと悶着も、その後他の妻たちに紹介した時のひと悶着も、今となっては懐かしいものです。
「雄一さんっ!」
私に気づいた途端、沙織さんは飛びついて来ます。
これがジョアン君のように親愛の表現なら可愛いものなのですが。沙織さんの場合は私の体臭を嗅ぐという欲望ありきの行動なので少し複雑な心境です。
実際、抱きついた勢いそのままに私の首まわりの匂いをスンスンと嗅いでいる音がハッキリ聞こえてきます。
すっかり欲望を開放している沙織さんの様子は、当初周囲の皆さんを困惑させたものです。
しかし、そんな状態になっても仁科さんだけは変わりません。友達を盗られたような気分なのか、私相手にジェラシーを隠そうともしない表情で睨みつけてきます。
「ぐぬぬぬ、乙木さんめ。羨ましいっ!」
「スンスン。そうだ、雪! さっきの温泉の話スンスン、雄一さんと一緒ならスンスンスン、いいですよ?」
「えっ? いや、それはちょっと」
臭いを嗅ぎまくりながら提案してくる沙織さんに、流石に遠慮する仁科さん。
と、こんな話をしている場合ではありません。
「仁科さん。聞いておきたいことがあるのですが」
「ん? なんですか?」
「涼野さんから、冒険者に復帰すると聞きました」
「ああ、なるほど」
納得したように頷くと、仁科さんは即答します。
「沙織が戦うなら、私も戦います。だから遠慮なく、今まで通り依頼をしてくださいね、乙木さん!」
どうやら、心配は必要無さそうですね。
「ええ。分かりました」
では遠慮なく、これからも冒険者としての皆さんに頼ることにしましょう。





