29 冒険者はダメ
「実はそろそろ、冒険者としての活動を控えめにしようと思っています」
私は、ある朝シャーリーさんに打ち明けました。すっかり習慣となった朝の納品業務。雑談の合間に投げ込まれた私の言葉に、シャーリーさんは驚きで口をあんぐり開けています。
「あ、あの、今なんと?」
「冒険者活動を控えめにしよう、と言いましたね」
「そんな! 乙木さん、やめちゃうんですかっ?」
シャーリーさんが作業の手を止め、困惑と少しの悲しげな視線を送ってきます。
「いえ、完全に辞めるわけではないですね」
「ど、どういうことですか?」
「実はお金が十分に貯まりまして」
私が言うと、シャーリーさんは首をかしげます。
「確かに乙木さんの稼ぎっぷりは凄まじいものがありますけど。でも、もう冒険者をドロップアウトして隠居するにはいくらなんでも額が足りない気がしますけれど?」
「いえ、引退するわけではないとさっきから言っていますが?」
私の言いたいことが分かっていない様子で、なおも首を傾げるばかりのシャーリーさん。
「資金が集まったので、これを元手に個人商店を経営しようかと思っていまして」
「お店を開くんですか?」
「はい」
「確かにそういう冒険者さんは稀にいらっしゃいますが。乙木さんぐらい実力があるなら、冒険者としていずれ有名になって、高ランク冒険者としての待遇を受けることが出来ると思いますが」
シャーリーさんは、私が店を開くことに納得していないようです。
確かに、多くの冒険者は高ランクを目指し、有名となって名声を得ることを目的としています。そして、実際に高ランク冒険者は凄まじい高待遇を受けることになります。Aランク以上ともなれば貴族にも並ぶ扱いで、ギルドからは活動に対して賞与、つまりお金が貰えるわけです。
Aランク冒険者が自分の素材を自分で売る店を持っても、たかが知れています。しかし、Aランク冒険者は貴族同然の身分待遇に賞与による贅沢な生活。格差は言うまでもなく、冒険者の方が遥かに高待遇です。
この傾向はBランク冒険者でも同じです。Cランクなら特別な権利も持たないので、店を持った方が有益でしょうか。
なので店を開く冒険者とは、長年続けてきたベテランCランクの引退した後というのがほとんどです。
ただ、そこには罠が潜んでいる、と私は思います。
確かにBランク以上になれば、普通の仕事で利益を上げるよりも遥かに美味しい思いができます。ですが、それには高ランクである必要があるのです。
高ランクを目指す冒険者の活動は過酷です。危険な魔物との戦い。未開の地での採取業務。命の保証もない状況での労働ばかりです。
だから冒険者はよく命を落とします。将来有望な、たとえば順調にいけばBランクも狙える若者が、あっさり死んでしまうことも珍しくないのです。
つまり待遇は餌なのです。それに釣られた冒険者は、まるで間引かれるように命を落とします。
高ランク冒険者にしか出来ない仕事なんて、そう多くはありません。だから高ランク冒険者は沢山必要ではないのです。むしろ高い報酬を約束している以上、高ランクが増えた分だけギルドは苦しくなります。
また、ギルドの主な利益はCランク以下の無数の冒険者たちです。そもそも、高ランク冒険者という存在が、夢に釣られた愚かな労働者を集める為の広告塔なのです。高ランク冒険者への見返りの全てが、実質は広告費に過ぎないのです。
そうして集まった冒険者たちは、高ランクになることを夢見て、本人も同意の上で次々死んでいきます。そして死んだ数を新たな夢に釣られた冒険者が埋めていきます。
そのサイクルに、私まで組み込まれるというのは勘弁願いたいものです。なので、冒険者を続けるという選択肢はありません。
数々の難しい依頼をこなし、幸運にも命を落とさなければ冒険者として大成するでしょう。
しかしそうでなければ、命を使い捨ててギルドの利益に貢献する駒として人生を終えるだけです。
そして幸い長い間死なずに済んだ幸運な冒険者も、そのほとんどはCランク止まり。命という担保を預けて得るにしては虚しい肩書きです。
というようなことを、私はシャーリーさんに説明し、自分が冒険者を辞める理由としました。当然、シャーリーさんは苦い顔をします。
「こうも堂々とギルドを批判されてしまうと、困っちゃいますね。私は別に、冒険者さんを使い捨てているつもりは無いんですけれど」
「ですが、冒険者というものが死ぬことを前提に使い潰される労働者であるのは事実です。気持ちで命は買えませんから。私は、自分の命を大事にさせてもらいます」
私がそう言うと、シャーリーさんはため息を吐きます。
「そうですね。確かに、お金も名声も生きていてこそ、ですからね。もう引き止めません」
どうやら納得して頂けたようですね。シャーリーさんとは冒険者になった日からの付き合いですから、理解してもらえて嬉しいです。