23 本物の願い
バチバチ、と音を立てて私の拳とシリアルキラーの拳が鬩ぎ合います。同じ系統の力だからこそ、互いに互いを侵食できず、ぶつかり合ってエネルギーが弾けるばかりとなっています。
「グウウウッ! 醜き人間、如きがァッ!」
メティドバンの拳が押し込まれてきますが、私も踏ん張って耐えます。
「確かに、人間は醜いです。自分の欲望に飲まれて。いつも間違ってばかりです。私だって、正しい道だけを歩んできたつもりはありません」
言い返しながら、私はジリジリと拳を押し返します。
「命を支配し、傷つけてまで自らが生き残り、幸せになろうとするッ! それが人間の本質かもしれませんッ! でも、だからこそ、その生き残りたいという願いは本物だッ! 誰にだって存在する、その願いだけは同じなんだッ!」
一歩、また一歩と。私の拳が、シリアルキラーを、メティドバンの意思を押し返していきます。
「それがだから、なんだと言うのだッ! だから分かり合えると言うのか? そんなもの、幻想だッ! 世迷い言に過ぎぬッ!」
「ああ、そうでしょうねッ! 同じ願いがあるからって、分かり合えるわけじゃないッ! それが戦争、この世の全ての争いというものですッ!」
メティドバンの反論を受け入れた上で、私は言い返します。
「ですがッ! 貴方は解るはずだッ! 生き残りたいという願いをッ! それを踏みにじることの理不尽さをッ!」
私は、大森林自治区での出来事を、ゴヴァゴヴァさん達の笑顔を思い返しながら語ります。
「あの森に生きるゴブリン達は、確かに明日を夢見て生きていたッ! 私や貴方も知っている、生きるという望みを、命あるからこその尊い願いを抱いていたッ! それを、貴方が踏みにじるというのですかッ! 地中海の民の悲劇を知っている貴方がッ! 願いを踏みにじられる絶望を知る貴方がッ! 何故そんなことが出来るんですかッ!」
私は言い切ると、今までで一際強い力を込め、拳を突き出します。
「なっ」
私の言葉で意思が揺らいだのか。メティドバンは声を漏らし、シリアルキラーの拳から溢れるエネルギーに揺らぎが生まれます。
その弱い部分を貫くように、私の拳が突き進みます。そしてシリアルキラーの拳と衝突。私の呪詛の力が炸裂し、みるみるうちに拳を腐食させてゆきます。
「ぐぅッ! これほどとはッ!」
慌ててメティドバンは、シリアルキラーの腕を切り落とします。辛うじて呪詛の侵食から免れた様子ですが、それでも片腕を失うという代償を支払っています。再生にも時間がかかる様子で、ダメージは大きいでしょう。
「まだ分かりませんか? 貴方の復讐心の、本当の意味を。貴方が本当に願っていることを」
「私の、願いだと?」
じりじりとにじり寄る私に警戒し、メティドバンはシリアルキラーに身構えさせます。先程まで、溢れるほどだったエネルギーが、見るからに減少しており、弱体化しています。
このまま、彼は言葉で追い詰めていきましょう。
「貴方がこれほどまでに強い怒りを、恨みを人類に抱いたのはッ! 同胞の生き残りたいという願いに強く共感していたからではないですかッ! それを踏みにじることの醜悪さを理解しているからではないのですかッ!」
「な、何を」
私の言葉の語気に圧されたのか、シリアルキラーはたじろぐように一歩後ろへと下がります。
「それでもなお、貴方が大森林自治区をッ! あの森に住まうゴブリン達の明日を踏みにじるというのならッ! 貴方の恨む人間達と、いったい何が違うというのですかッ!」
私は言うと、拳を振りかぶります。
「乙木殿ッ! 受け取るのじゃッ!」
ちょうどそのタイミングで、ヴラドガリアさんの準備が終わったようです。
練りに練って、濃密に高めた魔力。闘気と深淵の属性を合わせた力が、私の方へと飛んできます。
私はそのヴラドガリアさんからの贈り物を、詛泥の膜で包み込み。拳に乗せます。
「生き残りたいという願いの否定がッ! 本当に貴方の復讐になるとでも思っているのならッ! 私がここで、止めてみせるッ!」
「ぐっ、くそォォオオオッ! 動けェェエエッ!」
メティドバンは、必死にシリアルキラーを動かそうともがいている様子。しかし動力となるエネルギーが不足している様子で、まともな防御姿勢もとれません。
そんなシリアルキラーの頭部に目掛けて、拳を突き出します。
「ガァァァアアアッ!」
私の拳の表面を包む詛泥が、シリアルキラーの肉体に宿る復讐心のエネルギーを貫きます。そうして弾けて開いた穴に目掛けて、拳に宿ったヴラドガリアさんの魔法の力を叩き込んでやります。
抵抗力も失い、防御姿勢さえとれずに拳を食らったシリアルキラーは、そのボディを内側から深淵の魔力によってズタズタに破壊されてゆきます。
そうしてシリアルキラーを構成する肉や、骨格代わりの管が千切れ、砕け、ボロボロと崩れ落ちます。
そうして全てのエネルギーがシリアルキラーの全身に伝わりきった後。そのボディは完全に破壊し尽くされていました。
ボロボロと崩れ落ちるシリアルキラーの胴体から、メティドバンの本体が姿を表します。
唖然とした表情で、呆然とこちらを見ていました。
「ま、まさか。我が最高傑作が」
そう呟くと、その場に倒れ込むかのような勢いで、膝を突き、項垂れるメティドバン。
これで決着は付きました。私達の勝ちです。





