28 薬草おじさん
あの後、私はシャーリーさんと専属契約を結びました。
専属契約とは、冒険者と受付嬢の特殊な契約です。自分の仕事の技や情報を人に漏らしたくない冒険者が稀にとることがある形態です。
これにより、冒険者は特定の受付嬢にしか納入できない代わりに、その受付嬢との間に守秘義務が生まれ、自分の秘密を守ることが出来ます。
受付嬢の方は専属契約が入るとボーナスが出ます。これは、契約した冒険者の納品処理を一人で受け持たなければならないため、仕事がその分難しく、大変になるからです。
そして専属受付嬢はいくつかの権利で守られています。
働きすぎで倒れて専属の取引が出来なくなっては困ります。また、専属冒険者が無理を言って受付嬢を拘束し、倒れるまで働かせるような事態になってもいけません。なので、労働時間の上限が設けられているのです。
裁量によって多少は上下しますが、基本は週に四十時間。週五日勤務で、一日八時間という計算です。
そこで、私の提案の話に戻ります。
私はこれから、毎日早朝一番に薬草を納品しに来ます。それに合わせて、専属受付嬢のシャーリーさんも朝から毎日出勤します。そして朝の暇な時間の内に薬草の納品作業を済ませて、その後は普通の業務をこなします。
そして、専属受付嬢の労働時間は週に四十時間です。朝から昼の十三時まで働くだけでも、週七日だと四十二時間。超過です。つまり、シャーリーさんは実質毎日午後休が貰えることになるのです。
この話をした時、シャーリーさんは喜んで同意してくれました。そして私が持ってきた大量の薬草を見て、絶句しました。仕分けと鑑定だけで二時間はかかる、とのことでした。
ちなみに明日からはもっと持ってくる、と話したところ、口を開けて驚いていました。
ともかく、そんなこんなを経て私はシャーリーさんと専属契約を結び、毎日薬草を納品する生活を始めました。
朝六時に薬草をギルドに持っていきます。そしてシャーリーさんに鑑定と仕分けをしてもらいながら、雑談をして時間を過ごします。朝九時の依頼貼り出しまでに納品が終われば、その時点で報酬を受け取ります。終わらなければ、翌日の朝に貰う約束になっています。
納品が終われば、私はまた薬草採取に向かいます。王都から半時間で着く森の中、徹夜で朝まで駆け回り、大量の薬草を採取します。
そして日が昇る前に王都へと戻り、ギルドの開館時間に合わせて薬草を納品する。ひたすらこれを繰り返す日々です。
そのせいで、私はギルドの職員さんや他の冒険者の皆さんから『薬草おじさん』とからかうようなあだ名を付けられてしまいました。
そこには馬鹿にするような、嘲る意味も含まれています。シャーリーさんも、薬草おじさんと専属契約している薬草女、と揶揄されることがあったそうです。
でも、それは最初の一ヶ月だけのことでした。
私が納品する大量の薬草には、他の冒険者さんでは集めてくるのが難しいものが数多くあります。
マニュアルと王宮の大図書館の知識があり、一日中森を探索できる私だからこそ、採取の難しい薬草でもそれなりの数を集めてくることが出来ます。
また、薬草集めをするような冒険者は新人が多く、その為簡単で集めやすい薬草ばかりに人手が集中します。希少な薬草となれば、知識のあるベテランが討伐依頼のついでにたまたま見つけて拾ってくる、程度のものなのです。
当然、ギルドは納入された品物を流して利益を出しているわけですから、私が納品した希少な薬草は高い利益を出します。それも連日、安定して納品しているわけです。
こうなると、一ヶ月もすると私は稼ぎ頭。ギルドからみると利益を生む金の鶏です。薬草おじさん、という言葉は愛称になり、早期から私を見出した、ということでシャーリーさんの評価も上がりました。
また、冒険者の間での私の評価も上がりました。一ヶ月も同じことをしていると、目撃される場面も増えます。私が眠らずに働いていることは周知の事実であり、特殊なスキルを持っているのでは、と思われているようです。また、ゴブリンやウルフに囲まれても追い払うぐらいの実力はある、というのも目撃されています。
結果、薬草おじさんは単なる変わり者の冒険者、として受け入れられることになりました。
そうして二ヶ月、三ヶ月と時は過ぎてゆきます。
私も薬草だけでなく、様々な採取の依頼を受けるようになりました。きのこ、希少な植物。洞窟に入って鉱物の採取など。
薬草おじさんというあだ名が冗談のようになりつつある日々。採取専門の凄腕新人、という評価が広まりつつある頃。ようやく、私は目標を達成しました。
そう。お金が貯まったのです。