27 専属冒険者乙木
一晩中薬草を集めた私は、朝方になってようやく森を抜け出し、王都に帰還しました。そして早朝の六時半。朝っぱらの誰も居ないような時間から、冒険者ギルドへと顔をだします。
「ふあぁ~。退屈ぅ~」
入った瞬間に聞こえたのは、間の抜けた欠伸と声です。
私は声の主、シャーリーさんに視線を向けます。シャーリーさんも私がギルドに入ってきたことに気づいたようで、慌てて表情を取り繕います。
「ど、どうなされましたかっ?」
「慌てなくても、大丈夫ですよ。朝の勤務がつらい気持ち、分かりますから」
私が言うと、シャーリーさんは安堵したように息を吐きます。
「すみません、本当に。朝はどうしても眠くって」
「早朝から勤務とは、お疲れ様です。一人なんですか?」
「はい。依頼貼り出しの一時間前までは、基本的に受付は一人回しですよ」
「大変ですねぇ」
「そうでもないですよ。本当に、冒険者さんは全然来ませんから」
「うっかり欠伸と独り言を窓口で漏らす程度には、ですか?」
「もう、乙木さん! それは言わないでくださいっ」
シャーリーさんは顔を膨らませて怒ります。可愛らしい方ですね。きっと冒険者の方々にも人気があるでしょう。正直、私も好きです。童貞なので、こういった可愛らしい女性の仕草を見るとすぐ好きになってしまいます。
ごまかす意味も込めて、シャーリーさんとの会話を続けましょう。
「朝勤務は、いつもシャーリーさんが?」
「はい。私は一番新人なので。それで夜七時の閉館まで働いて、終業作業をしたら退勤は夜八時とかになっちゃいます。帰って夕食の用意をして、家事を済ませたらもう寝る時間って感じですねぇ」
「はあ、それはきつそうですね。私も寝れずに働き続けた経験はありますから、分かりますよ」
「分かって頂けます? 本当にもう、眠くて苦しくて。週五日の今でもかなり厳しいのに、先輩が寿退社で辞めるからってもうすぐ週七になっちゃいそうなんですよぉ」
どうやら、けっこう深刻に大変なようです。というか、週七日ともなれば休めずにすぐ身体を壊してしまうでしょう。
「ちなみに、休憩時間はどれぐらい?」
「お昼に四十五分だけですねぇ」
これはアウトですね。
私は顎に手を当て、どうにかシャーリーさんを助けてあげられないか考えます。
なにか使える知識は無いか、と私はスキル『完全記録』を発動します。
完全記録とは、自分の理解した知識を情報として蓄え、好きに閲覧できるように脳内で整理し保管しておくことができるスキルです。
本来はダンジョンゴーレムと呼ばれる魔物が命令を覚え実行するためのスキルなのですが、これが人間の脳との相性が良かったらしく、ほぼ完全記憶能力のような便利スキルと化しています。
お蔭で、王宮で読んだ数々の本の内容も、ギルドで読んだ新人マニュアルの内容も忘れなくて済んでいます。
そして今も、とっさには思い出せないような情報をスキルの力で順に精査し、閲覧していきます。
よし、見つけました。
「ところでシャーリーさん。週七日勤務になっても、毎日午後休が取れるとしたらどうします?」
「へっ?」
私の問いかけの意味がわからないのか、シャーリーさんはぽかんとしています。が、すぐに顔を引き締め、言われたことを吟味しだします。
「そうですねぇ。それなら余裕で頑張れると思います。というか、仕事自体は好きなんですよ。寝不足と過労で苦しいだけなので」
なるほど。それなら、良い作戦があります。
「シャーリーさん」
「はい?」
「私と、専属契約を結びませんか?」
私が提案しても、まだシャーリーさんは呆けたままでした。