39 宰相イチロースズキ
七竈さん、いえ、今は乙木八色なので八色さんと呼ぶべきなのですが、彼女との結婚が魔王軍との交渉と同時に決まり、何かと忙しい数日を過ごすこととなりました。
そうして慌ただしい日々を過ごしている内に、ヴラドガリアさんが約束の人物を連れて乙木商事へと訪れました。
「約束の人物を連れてきたのじゃ!」
「初めまして。私は魔王軍にて『宰相』を務めさせていただいている、イチロースズキという者です」
そう言ってお辞儀をしたのは、なんと黒髪黒目の、まるで日本人のような見た目の中年男性でした。
ずばり、日本でよく見かけるようなごく普通のおじさんです。
「ええと、イチローさんとお呼びすれば良いのでしょうか?」
「いえ、名前がイチロースズキですので。イチロースズキ、あるいはイッチと呼んでいただければ」
そして、まさかの名前がイチロースズキ。名字などではなく、イチロースズキ全てが名前なのだとか。
何でも、昔の勇者が黒髪黒目の人間を見て『イチロースズキ』と呼んだという伝説から、魔王領では黒髪黒目の人間が生まれた時はイチロースズキと名付けることが多々あるそうな。
とまあ、名前の話題はともかく。まずは今回の交渉、大森林自治区への移住及び魔王領本店の建設の話から始めましょう。
イチロースズキさんとヴラドガリアさんを連れ、私個人のオフィスルームへと案内します。
「事前に魔王様から概要については伺っておりますが、まずは認識のズレ等が無いか確認したいので、ひとまず今回のお話について最初からご説明頂けますか?」
「はい、分かりました。まず、話の発端についてですが」
と言ったように、私とイチロースズキさんの二人で話を詰めていきます。
時折、イチロースズキさんから魔王軍や各州の事情を考慮しての指摘が入り、その都度細かい部分を修正していきます。
そうして小一時間ほど話を続けて、話はかなり纏まってきました。
「では、我々魔王軍とは密な連携を取りつつ、問題が発生した場合は都度修正しながら進めていきましょう」
「ええ。今回の話し合いで、かなり具体的に計画を立てることが出来ましたからね。お陰で、魔王軍の皆さんとの連携もスムーズになりそうです」
私はイチロースズキさんと握手を交わし、今回の話し合いが成功に終わったことをはっきりと示しました。
その様子を見ていたヴラドガリアさんが、ようやくか、といった様子で口を開きます。
「話は纏まったかえ?」
「はい、魔王様。我々魔王軍にとっても、理想的な形で纏まりました」
「そうかそうか。では、次は妾が話をする番じゃのう!」
そう言って、今まで話に全く関わってこなかったヴラドガリアさんが身を乗り出します。
「乙木殿よ! 妾は今回、汝に一つ要望を持ってきたのじゃ!」
「要望、ですか?」
「そうじゃ! 今回の作戦をより円滑に進める上で極めて有用な話じゃ!」
そう言われると、気になってしまいますね。
「具体的には、どのような?」
「うむ。話は簡単。乙木殿よ、汝、妾を娶れ!」
「はい?」
「じゃから、結婚するのじゃ! そうすれば万事うまく運ぶじゃろうて!」
予想しなかった角度からの求婚を受け、私は一瞬固まってしまいます。
ですが、たしかに政略としては魔王という肩書を持つヴラドガリアさんと私が夫婦という縁で繋がることには、強い効果があると思われます。
「これは、イチロースズキも納得しておることなのじゃぞ?」
「はい。私も、魔王様と乙木さんが婚姻を結ぶことで、より確実に魔王軍の動きをコントロール出来るものと考えています」
私が黙っているうちに、二人して次々と畳み掛けてきます。
「それにのう、乙木殿よ。妾にとって、己よりも強きオスに出会うというのは初めての経験なのじゃ。今は、汝の力の庇護下に収まり、そこらの弱いメスと同様、守られる立場に甘んじるのも悪くないと思うておる」
「で、ですが。さすがにいきなり過ぎて。妻たちにも話を通さないと」
「分かっておるわい。もちろん今回は提案だけじゃ。また後日、正式に婚姻を結ぶよう求めに来るつもりじゃ。答えはその時で良い」
「は、はあ。ありがとうございます?」
とりあえず、この場ですぐ返事をする必要は無さそうで助かりました。
「では、以上が妾からの要望じゃ。よく考えてくれよ、乙木殿よ」
「は、はい。それはもちろん」
「それではまた後日、魔王様と共に参りますので。今日はこの辺りで失礼いたします」
こうして、魔王軍の宰相イチロースズキさんを伴う、具体的な今後の交渉は終了しました。
まさかのヴラドガリアさんからの求婚という予想外の展開はあったものの、内容自体は悪くありませんでした。
なお、今回の件を嘘偽り無く妻たちに報告したところ、有咲からはロリコンサイテーと罵られたものの、誰もヴラドガリアさんとの婚姻には反対しませんでした。
妻たちの懐が広くて助かります。
そうして次のヴラドガリアさんの来訪を待ち続けて、なんと一ヶ月が経過してしまいました。
予想では、数日もすれば返事を聞きに来るだろうと思っていたのですが、結局ヴラドガリアさんが来ることはありませんでした。
そうして、ようやく訪れた魔王軍の使者から私達が聞かされたのは。
なんと、魔王軍が二つに分裂。
反乱軍が結成されてしまい、ヴラドガリアさんはこれを鎮圧するために忙しく、こちらに来れないとのこと。
可能性なら予想はしていたものの、中々に厄介な事態になってしまっています。
こうして私はしばらく、厄介な問題に頭を悩ませることになるのでした。
今回で第八章は終了となります。
次回、第九章から、より深く本格的に魔族側の陣営と関わってゆくことになります。書き溜めが出来ましたらまた毎日投稿を開始しますので、是非お楽しみにお待ち下さい。
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また、ページ下部には今回の一挙連続投稿作品へのリンクも用意してありますので、是非そちらからお楽しみください。





