36 乙木商事の戦略
ヴラドガリアさんは私の意図が掴めないのか、首をかしげます。
「ふむ、支店とな? それにはどのような意味があるのじゃ?」
「まず前提から話しますが、我々の目的はより利益を得ることの他に、従業員の安全を確保するというものがあります。つまり今回の場合は、戦争という危機的状況の打破。これが我々、乙木商事の求めるものです」
私の口から思わぬ言葉が出たのでしょう。ヴラドガリアさんだけではなく、他の魔王軍の皆さんも驚きの表情を浮かべています。
「元々は、今回の勝負の結果を引き合いに出して、魔王軍の皆さんに鉾を収めてもらうつもりでした。が、決定権が無いのであればこの手は使えません。なので、ここは搦め手でいかせてもらいます」
ちなみに、カルキュレイターも利用して導き出した作戦ですので、かなり有効な手段となるはずです。
「まず、ルーンガルド王国から見た我々の動きから説明しましょう。あくまでも名目上の動きですので、部分的に皆さんにとっては不愉快な表現が含まれるかもしれませんが、そこはご容赦いただきたい」
「うむ、わかったのじゃ。続きを申せ」
「はい。ではまず、我々は王国に領地と爵位を申請します。と言っても、ルーンガルド王国に空いた土地はありませんので、魔王軍を撃退し、その功績も合わせて新しく得た土地を領地として頂きます」
私の言葉に、魔王軍の皆さんが眉を顰めます。
「それはつまり、妾らと戦う、ということかえ?」
「いいえ。あくまでも表面上の話です。大森林自治区の一部を、ルーンガルド王国から見て自然に我々の土地として扱う為の演技のようなものです」
この策には、ルーンガルド王国から見て、乙木商事が魔王領の一部の土地を正式に所有している、と認識してもらうことが肝心ですからね。
「そして、肝心の魔王軍の皆さんから見た場合の我々の動きですが。まず、我々は大森林自治区に『移住』します」
「ほう」
それでヴラドガリアさんが気づいたような表情を浮かべます。
「確かに、魔王領の中で大森林自治区は唯一法の下に治められてはおらぬ。お主らが勝手に住み着くことを、咎める者はおらぬじゃろうな。その地に住まう魔物を除けば」
「はい。その辺りは、多少力づくにはなるでしょうが。文明レベルの低い相手であれば、力を示して利益を提示することでどうにか出来ると思っています」
知能の低い魔物とは言え、魔王領の他の州との貿易をする程度の文明レベルがあるのですから。力の差と、こちらの下に付くことで得られる利益を理解することぐらいは出来るでしょう。
「そうして得た土地に、まずは乙木商事の『魔王領本店』を建てます。ここを拠点に、大森林自治区の支配域を広めつつ、ルーンガルド王国から見た『領地』の拡大に努めます。そうすれば、自然と魔王軍と接する戦線が我々の領地だけに限られていきます」
これで私の言いたいことが全て伝わったのか、魔王軍の皆さんがようやく納得がいったような表情を浮かべます。
「そうなれば、妾らと関係のあるお主らは戦う必要が無い。被害を抑えられる、というわけじゃな?」
「ええ。まあ、ルーンガルド王国からの干渉を完全に防ぐのは難しいでしょうが、少なく見積もっても魔王軍の被害を大きく軽減可能になるはずです。また、商売を通じて我々が魔王軍の事情に『詳しく』なれば、結果的にルーンガルド王国も魔王領の事情を理解することになる」
「不要な争いを避けることが可能になる、というわけじゃな?」
「はい」
私は頷き、さらに今回の提案のメリットについて話を続けます。
「そして魔王領の人々、具体的には七つの州に住まう方々にもメリットがあります。我々が大森林自治区を統治し、貿易に絡むことで、乙木商事の優れた技術力、資源が流れることにもなります。これまでの大森林自治区から得られた分とは、比べ物にならないほどの利益になるでしょうね」
ヴラドガリアさんも頷き、私の言いたいことを代弁してくれます。
「うむ。魔王軍があるから、どの州も勝手なことは出来ぬ。そして魔王軍があるにも関わらず、内政に干渉してはならぬ為に大森林自治区を攻めることも出来ぬ。故に大森林自治区は今まで放置されておった。じゃが、外部から新たに移住してくるお主達であれば、そういった柵にとらわれることも無い。問題の多い大森林自治区という地域を、新たにお主らの『州』として再編することが可能になるわけじゃな」
そうなれば、今までにあった問題は全て解決されるでしょう。
これが、私の考える策、支店を魔王領に出すという手段の全容になります。
「まあ、とは言っても細部にはまだまだ問題はあるでしょうし、現時点ではそういった方向性であれば問題が解決出来そうだ、という程度で考えていただければ。詳細は追々、話し合いを通じて詰めていければ良いかと」
現段階では、魔王軍を追い払ったというポーズを取ることで、ルーンガルド王国と魔王領どちらから見ても自然な形で大森林自治区の土地を獲得すること。そして得た土地を起点にして、領地を広げつつ人類側と魔物側の認識、前提の違い、間違いを解消していくこと。
これらが支店を展開することによって可能となることこそが、大事なポイントです。
「うむ、わかったのじゃ。しかし、現段階ではすぐさま頷くことは出来ぬ。今はこの話を持ち帰り、後日詳細を固める、という形では駄目じゃろうか?」
「ええ、かまいませんよ」
「そうか。では、また後日、こうした話が得意な魔王軍の人材を連れてくるのじゃ」
こうして、ひとまず魔王軍との交渉は一段落を迎えました。
これでどうにか、戦争の終結も現実的なものになってきましたね。
一挙連続投稿、最終日終了です。
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