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サティーラさんから様々な話を聞き、様々なことが分かりました。
まず、現代のルーンガルド王国との戦争は、ある意味では魔王軍の方から仕掛けたとも言えるということ。
それには、魔王領の特別な政治体制が影響してきます。
まず、我々ルーンガルド王国の人間が魔国という国として認識している場所は、実は一つの国ではありません。
実際には七つの州と三つの自治区から成り立っており、これらがそれぞれ我々の認識における国のような体制をしています。
ちなみに、各州と自治区の名前、及び特徴は以下の通りになっています。
鬼州:鬼族が主に集まる州。
竜州:竜族、竜人族が主に集まる州。
鋼州:ゴーレム等の無機物系が集まる州。不毛な山岳地帯で他の生物には住みづらい。
亜州:亜人族が主たる州。獣人やエルフ、ドワーフがこれに該当。七つの州の中でも最も多くの種族が生活する州。
人州:人類が主たる州。現地人の他、人間との争いの中で捕虜になった者や、その子孫達が暮らしている。様々な理由で土地を追われた民族なども居る。
真州:魔族が治める州。至高の種は魔族であるとして、魔族こそが王となるべきと考える偏った思想を持つ。魔族を崇める他種族もまあまあ居る。邪悪な思想故に邪悪な種族が多い。
天州:天使族など、有翼種が治める州。
大森林自治区:ルーンガルド王国とも接している広大な森林地帯。知能が低く、文明レベルが著しく低い魔物が群雄割拠する地域。
腐海自治区:不毛の大地に存在する自治区。この地域の魔物はこの環境でしか生きられず、外にも行けないし、外の生物も逆に入ってこれない。
伝統派自治区:エルフとドワーフ、それぞれの伝統的な生活を守るための自治区。エルフは森で自給自足をし、ドワーフは鉱山に穴を掘って暮らす。
そして魔王とは、これらの州と自治区が互いに争わぬよう、協力しあえるように監視、管理する役目を持った存在なのです。
七つの州から一人ずつ代表が選ばれ、そのうちの一人が魔王になり、残り六人が『魔王軍四天王』、『宰相』、『側近』という役職に付きます。
更にこの七人の下に各州から兵士が集められ、これらが魔王軍というものになります。そして魔王軍は、魔王が役目を全うする為の軍事力を担っています。
管理する側に魔王軍という戦力があることによって、七つの州は勝手なことをすることが出来ず、ある程度の協調をする必要が出てきます。
各州から代表者が出ていることで公平性を保ち、かつ内政には干渉せず、あくまでも州同士あるいは魔王領の外部からの問題に関してのみ権力を持つ。それが魔王軍、そして魔王という存在だそうです。
こうした理由から、魔王軍はルーンガルド王国との戦争に駆り出されているわけですね。
そして、ある意味では魔王軍の方から仕掛けた、という点についてですが、これは正確な表現ではありません。
実際は魔王領にある七つの州と三つの自治区のうちの一つ、『大森林自治区』が戦争の火種となったのです。
この自治区というものが厄介で、それぞれが何かしらの理由で魔王軍というある種の同盟に参加していません。
腐海自治区は生存可能な環境が限られる為に魔王軍へと参加出来ません。伝統派自治区は、伝統的な生活を維持すると魔王軍のルールを守れない為、参加していません。
そして大森林自治区は、住まう魔物の文明レベルが低すぎる為、法を守らせることすら困難な為に魔王軍には参加させられません。
そしてこの大森林自治区が問題で、知能が低いあまり、勝手にルーンガルド王国へと攻め込んでしまうことがあるのです。
当然ルーンガルド王国も黙ってはいない為、攻め返されます。放置していれば大森林自治区の魔物たちはあっさりと攻め滅ぼされるでしょう。そうなると潜在的敵国がすぐ隣となってしまう為、多くの州が困ってしまいます。だから防衛の為に魔王軍が駆り出されます。
そうした経緯から、魔王軍とルーンガルド王国の争いは古来より絶えず繰り返されてきた、というわけです。
ルーンガルド王国が防衛に徹してくれるなら魔王軍も出る幕は無いのですが、残念ながらついでとばかりの侵略行為がある為、放置も出来ません。
また、大森林自治区との貿易を行っている州や、故郷が大森林自治区にあるという種族も存在する為、そういった面でも無視できません。
といったように、複雑な理由が絡み合い、魔王軍は選択の余地なく戦わなければならない状況にあるそうです。
「なるほど、大体の状況は分かりました。中々に、複雑な立場だったのですね」
「うむ、妾としても、どうにか戦争自体を避けたいとは思っておるのじゃがのう。そうした政治的な判断を下す権力は魔王軍は持たぬ。故に州の求めに応じて戦う他無いのじゃ」
「州の方では戦争を避けようという動きは無いのですか?」
私が尋ねると、ヴラドガリアさんは首を横に振ります。
「長い歴史の中で、幾度となく魔王が討たれてきたのじゃ。誰もがやり返してやる、という気概にあふれておるでな。それにどの州も新たな領地を求めておる。例え防衛に成功したところで、次はこちらが侵略をするだけ。結局、妾が死ぬ時まで戦争は続くほか無いのじゃ」
どこか疲れたような表情で、ヴラドガリアさんは諦めたような声で言いました。
つまり魔王という象徴を失う形で、ルーンガルド王国の攻め込む正当性が無くなることでしか、戦争が終結する方法は無い、ということなのでしょう。
人類の側は魔物の長として魔王を認識しており、魔王を倒すことで侵略を防げると考えています。そして人類側から見た限りでは、その考えは一見正しいように見えます。
なので人類が魔物の侵攻は魔王の指示であるという判断を下すのも無理の無い話でしょう。そしてこれを防ぐためには、魔王をどうにかして倒そうとする。
そして事実、魔王が倒れれば魔王軍という七つの州を守る為の軍が機能不全に陥るため、動きは鈍るでしょう。反撃としての侵略行為をする余裕も失われるはずです。
そうして魔王軍の再編が始まり、またいずれ大森林自治区の民族が勝手な侵略行為を始めるまでは、人類から見た平和が続きます。
おそらくは、そうした流れが繰り返されることによって、魔王を勇者が倒して平和を守る、という話が出来上がっていったのでしょう。
やはり、この戦争はどこかで止める必要がありますね。
どちらも侵略という目的を持ってしまっている上、魔王軍に決定権が無い。そのせいで、ルーンガルド王国が戦争を続ければ続けただけ被害が出続けてしまいます。
「分かりました。事情も把握出来ましたので、本題に入りましょう。我々の要求は、ただ一つです」
私は状況を打破するための一手を口にします。
「魔王領に、我が乙木商事の支店を出させていただきたい」





