24 おっさん冒険者とおっさん冒険者
私は、煽るような声のした方へと目を向けます。
すると、五名ほどの男性の姿が目に入りました。全員が三十代から四十代ほどに見えます。体格が良く、鎧や剣を身につけていますね。恐らくは、ベテランの冒険者さんなのでしょう。
さて、お互いおじさん同士です。仲良くしたいものですが、上手くいくでしょうか。
「なあ、アンタ。その年で冒険者に転職かぁ?」
「はい。以前は接客業をしていたのですが、とある事情で住んでいた場所からも追い出され、泣く泣く王都に辿り着きましたので。どうにか食い扶持を得ようと冒険者になりました」
私は事情を軽く説明します。それだけで、私に絡む男以外の四人は気まずそうに顔をしかめます。そこまで悪い奴らではないのでしょう。思ったよりも深刻な身の上を聞いて、からかうのは申し訳なく感じたのでしょうね。
ですが、私に絡む約一名だけは悪びれません。
「おいおい! 客商売なんざやってたヒョロヒョロのモヤシ野郎に冒険者が務まるとでも思ってんのか? か~っ、ナメられちまってんなぁ、おい。冒険者っつうのは、ヘラヘラ笑ってりゃあできる仕事じゃねぇんだぞ? アァン?」
どうやら何か気に食わない様子です。怒りを言葉に含めて、こちらを睨んできます。
ここは下手に出ておきましょう。
「おっしゃるとおりでございます、先輩」
「ん? あぁ? 先輩だぁ?」
思わぬ返答に困惑する様子の男。この調子で下手に出て、手玉に取りましょう。
「私のような未熟な男では、冒険者になってもすぐに命を落としてしまうに違いありません。野山の草の根の養分となるか、獣の餌となるかです。そのような未熟者を相手に、経験不足のご指摘を頂き誠にありがとうございます」
「んんっ? おう、まあ、なんだ? 俺は当然のことを言っただけだからなぁ」
上手く男の威勢を削ぐことが出来ました。この調子で行きましょう。
「ですが、冒険者として活動しなくては、私のような身元の怪しい人間はその日を暮らすことも出来ないのです。街で死ぬか、野山で死ぬか。それをただ選ぶだけだったのです」
「そうか、お前も苦労してんだなぁ」
急に親身な態度を取る男ですが、これも想定の内。むしろ好都合な態度ですね。
「けれど、私は幸運です。素晴らしい先輩と出会うことが出来ました」
「ん? もしかして、そりゃ俺か?」
「はい。実は、私は先輩がギルドに魔物の死体を運んでくる姿を見たことがあります。あんなに強そうな魔物を倒すことが出来るなんて、どれほど素晴らしい冒険者の方なのだろう、とひたすら感服するばかりでありました」
「そうかそうか! わはは! そりゃ、こないだ倒したグレイウルフだなぁ! あんなの俺様にかかりゃ瞬殺よぉ!」
男はおだてられ、調子に乗ります。もちろん、姿を見たなんて嘘です。剣を持った冒険者、しかもベテランともなれば魔物をギルドに卸すことぐらいあるでしょう。絶対に外すことのない推測です。
こうして嘘や煽てに乗せられる頭の悪い人間を見ていると、心底思います。自分は馬鹿でなくてよかった、と。
「ぜひとも、先輩のような素晴らしい冒険者にご指導、ご鞭撻を頂きたいと思っております」
「そりゃ謙虚なことだなぁ! しかしまあ、俺様は高いからな。お前がそれなりの金を積むっつうんなら考えてやらんこともないぜ」
「ありがとうございます。いずれ、機会がありましたらお願いします」
「ははは、そりゃあいいや。お前はいい冒険者になるぜ、俺が保証してやる」
「ありがとうございます」
「にしても、わざわざ金払ってまで指導を受けたいってのは変わった趣味だな」
「物事を見抜く知識と知恵は冒険者の宝です。そして宝を持つ先人の冒険者ほど、新人の私のような人間が尊敬するべき人はいません。お金を払ってでも学びたいことがあるのは当然のことです」
「がははは! 言うねえ、気分がいいぜ!」
男は気持ちよさそうに豪快に笑います。私の言った言葉の意味に気づいていないようですね。
この男は自分が尊敬するべき先人と言われたように思っていることでしょう。ですが、私の発言は『お前みたいに嘘も見抜けないほど頭の悪い奴には大した価値は無い』と言ったに等しいのです。
まあ、男も煽てられて幸せ。私も男を煽って満足。お互い気分良く済むのですから、これが何よりの選択でしょう。
それにしても馬鹿というのは嫌だな、と思います。
頭が悪いと、嘘を見抜く権利を失います。それは即ち、どれだけ騙されても、馬鹿にされても気付けないことを意味します。これは、人としての最低限の尊厳さえ失っているとも言える有様でしょう。つまり馬鹿は人扱いされないのです。
人ではないのですから、こうして適当に煽てて、適当に騙しても問題はありません。悪いことをしたとも思いません。
その後も、私は男を適当に煽ててあしらいました。
男は散々馬鹿にされたにもかかわらず、機嫌良さそうに帰っていきました。
私の嫌味に気づいた受付の女性達は、時おり笑いを浮かべていたようです。
やはり馬鹿は嫌だな。と、そう思います。