23 冒険者のいろは
マニュアルを読んで、かなりの知識が得られました。
まず、冒険者の基本的な活動の流れについて。
冒険者ギルドの開館時間は早朝六時。かなり早いですが、この時点でギルドに来る冒険者さんは少ないらしいです。
というのも、新しい依頼の貼り出しは朝九時からなのです。
多くの冒険者さんは、この朝九時の貼り出しのタイミングに合わせてギルドに顔を出します。施設内が最も混雑するのが、この時間らしいです。
その後は少しずつ冒険者さんの数が減ってゆき、日が暮れる頃になってまた一気に増えます。依頼の達成報告と、討伐した魔物や採取した素材を買い取ってもらう為です。
そうして一日の活動の報酬をその場で得た冒険者は、夜の街で飲み食いした後、固定の宿に帰ったり、人によっては自宅に帰ったりします。
そうして翌日もまた、同じ流れで冒険に出ます。
多くの依頼は日雇いのような形で、一日で終わるものです。数日跨いで時間が必要な依頼はごくわずか。というのも、宵越しの銭を持たない冒険者は数多く、日当が出ない依頼は敬遠されるためです。
それでも、ごく一部の依頼は数日を跨いだものになっています。魔物の討伐依頼で遠征する場合や、大規模な採取、開拓となると一日では終わらないからです。
ただ、遠征の場合は日当が出なくとも依頼者側で最低限の食事は用意されている場合がありますし、大規模採取や開拓は日割りで報酬を貰うことが可能な場合もあります。
こうして確認してみると、さながら派遣の日雇い労働者のようですね。
搾取も、実際にされているのでしょう。
ただでさえ学のない人間が冒険者になることが多いのです。貯金の重要性を認識していなければ、その日を暮らすのに十分なお金さえあれば満足してしまうでしょう。ましてや、日当方式です。まとまって大きなお金を手に入れることも難しい以上、学の無い冒険者にはなおさら貯金が難しい。使ってしまうのが当たり前、となってしまいます。
それに、頑張って難易度の高い依頼を達成すれば収入は増えます。達成感は、日当であればなおさら大きいでしょう。たとえ全体で見た時にかなりの手数料を取られているとしても、文句を言う気は起きないに違いありません。何しろ、頑張れば稼げるのです。稼げないのはギルドのせいではなく冒険者の実力のせい。そうやって、いくらでも責任を冒険者側に転嫁できます。
システムはフランチャイズ。労働者は日雇いの派遣。命がけの労働に、宵越しの銭も持てない程度の低収入。
こう考えると、冒険者ギルドとは日本のブラック企業でも真っ青になるほどの中間搾取企業に聞こえてしまいますね。
とはいえ、この世界では仕方のないことでもあります。
中間搾取と言うとブラックに聞こえます。しかし冒険者ギルドは、冒険者から仕入れた素材の流通も担っています。
そして流通に、この世界では多大なコストが掛かります。
移動手段は良くても馬車。街道近辺には魔物という危険が潜む。そんな状況で、冒険者が好き勝手に仕入れてくる素材を合理的に捌かなければならないのです。多少手数料がキツくても仕方ない程度には、冒険者ギルド側もコストを払って運営されているのです。
とは言え、冒険者ギルドが大きな手数料を取っていることには代わりありません。この世界でお金を稼いで生活しようと思うなら、冒険者は間違いでしょう。
スタート地点としては冒険者以外を選べませんが、いずれしっかりと店舗を構え、客商売に本腰を入れるべきでしょうね。
特に実力のある冒険者は、自分の技術で貴重な素材を仕入れることが出来ます。独自の仕入れルートを持つことが出来るのは強みです。しかも他人に影響されない、自分という圧倒的なパイプです。
学さえあれば、冒険者は貯金して小売業に転職するのが正解なのでしょう。
幸い、私はコンビニのバイトリーダーの経験があるので一般の冒険者よりは商いに通じています。本物の商人ほどではありませんが、小売業で生計を立てる程度の器量はあるでしょう。
というわけで、今後の方針は決まりました。まずは冒険者として活動し、貯金する。そして資金を貯めたら小売業に転職。
まあ、元々考えていた通りの流れですね。ただ、冒険者について詳しく知ったことで、余計に方針がはっきりと固まりました。冒険者一筋、という可能性は万に一つもありえなくなりました。
さて、そろそろマニュアルも大半は読み終わります。残っている依頼にでも目を通して、私でも受けられそうなものを探しましょうか。
そう考えて、本を閉じようとしたところです。
「おいおい! いい年こいたおっさんが新人マニュアルなんか読んでやがるぜ!」
何やら、煽るような声が響きます。
トラブルの匂いがしてきました。