22 新人、おっさん、三十五歳
ギルドの建物に入ると、中は意外と小奇麗になっていました。冒険者が使う施設ですから、もっと粗野な施設かと思っていましたが。
けれど、ギルドには外部からの依頼も入りますからね。冒険者ではなく、そうした依頼者を意識して施設が綺麗に保たれているのでしょう。
見渡すと、受付らしい窓口が並んでいる場所がありました。一番手近な受付窓口に近寄ります。
「こんにちは。本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「はい、実は冒険者として登録をしたいと思いまして」
「かしこまりました。ご新規ですか? それとも再登録になりますでしょうか?」
「いえ、新規ですね」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
そう言って、受付さん――ネームプレートの文字を読む限りだと、シャーリーさんは奥に引っ込んでいきます。そして何やら書類を幾つか取り出して、受付の方へと戻ってきます。
「では、まずはこちらの紙へご記入ください。文字の方は問題ありませんか?」
「あ、はい。書けます。問題ありません」
女神様の調整のお蔭で、この世界の言語の読み書きは完璧です。問題なく書類にも記入できます。
名前。年齢。性別。定住地の有無。定住地がある場合は住所。無い場合、よく利用する宿屋があればその名前。配偶者の有無。世帯人数。
そうした私という個人を証明するために必要な情報を記入する項目がずらりと並んでいます。
「こんなに多くの項目、冒険者さんは皆さん書くのですか?」
「いえ。それが、冒険者さんの多くは文字が書けませんので。こちらで代筆することが多くあります。記入される場合でも、多くが空欄となりますので、こちらで質問して空欄を埋める形を取っているんですよ」
受付のシャーリーさんは笑顔で答えてくれます。なるほど、確かに受付さんが言う通りの手順で進みそうな気はします。相手が文字を書けない。書けても細かい社会常識に疎いのですから、仕方のないことなのでしょう。
せめて、私は手間をかけないようにしましょう。記入できる項目は、全て埋めていきます。
そうして記入を進めていくと、ある項目の部分でピタリと手が止まります。ステータスを記入する欄があったのです。レベル、筋力、魔力、体力、速力、属性が必須。そしてスキルは任意記入。
私は迷った結果、スキル部分は空白にしました。そしてそれ以外の部分は正直に真実を書きます。つまりレベル1。ステータスはオールG。
全ての項目に記入が終わると、シャーリーさんに用紙を渡します。シャーリーさんは記入漏れとミスのチェックの為に目を通し、そして眉を顰めます。
「あの、乙木さん。レベルが1で、ステータスがGというのは本当ですか?」
「はい、事実です。証拠はこれです」
私は言って、ステータスチェックと念じてボードを出現させます。これを覗き込んだシャーリーさんは息を飲みます。
「こ、こんなステータスの人って実在するんですか?」
「ここにいますが」
「で、でもレベル1って、ありえないですよ。普通の生活をしていても経験値は入るものですから、十歳ぐらいの子供だってレベルは2か3ぐらいはありますよ? なのに乙木さんは三十五歳でレベル1って」
「そういう体質だと思ってください。ほら、スキルがエラーとなっていますよね? もしかしたらこのせいなのかもしれません」
私はそう言って、シャーリーさんを丸め込みます。なおもシャーリーさんは信じきれない様子でしたが、ステータスボードを見ると納得せざるを得なかったようです。
私は嘘も言っていませんし、何の問題もありません。
こうして冒険者としての登録が完了し、身分証としても使える冒険者証明証、通称ギルドカードが発行されます。
材質は、現代日本でいう銀行のカードのような感じですね。プラスチックがこの世界に存在するのか分かりませんが。触った感触や力を込めて曲げた感触は完全にプラスチックです。
「これは、もしかしてプラスチックですか?」
「ぷらすち? えっと、ギルドカードは、全て軟鉄という魔法金属と、銅や錫といった金属の合金製です」
なんと、この柔らかさと復元性で金属だったようです。
「冒険者さんは激しい戦闘を行いますし、時には炎の攻撃魔法に晒されたり、海に入って採取をすることもあります。なので、軟鉄をベースとした熱に強く、腐食もしにくい金属製のカードが使われているんですよ」
「ははあ、なるほど。納得しました」
シャーリーさんは、親切に詳しく説明してくれました。
親切ついでに、いくつか必要なことを訊いておきましょう。
「ちなみに、私のギルドでのランクはいくつでしょうか?」
「通常ですと、新人の方はFランクから開始するのですが、乙木さんの場合はステータスが低く、属性もスキルも無しという申告の為、さらに下のGランクからのスタートになります」
どうやら、ギルドランクですら最低レベルからスタートするようです。
まあ、ランク上げをする楽しみが増えたと思っておきましょう。
「後、ギルドでの依頼について教えてほしいのですが。冒険者は依頼をこなして報酬を得る、ということは知っているのですが、具体的なことはまだ知らなくて」
「それでしたら、建物内で閲覧できる新人向けの冒険者マニュアルが貸し出されていますから、そちらをご覧いただければご理解いただけると思います。もしもそれでもわからないことや、疑問に思ったことがあれば、窓口の方で聞いていただければお答えします」
シャーリーさんは、建物の隅の方を手で示しました。そこには小さな本棚と、待ち合い用に使われるような背もたれの無いソファがあります。どうやら、そこに冒険者向けの知識の載った本があり、それを施設内で読めるようになっているようです。
「助かります。ひとまず、マニュアルを熟読してから依頼については考えます」
「ええ、ぜひそうしていただけると助かります。新人の方は、知識も無いままに依頼を受けようとしてトラブルを引き起こしがちですから」
シャーリーさんの気持ちは分かります。マニュアルや指示に従わない新人がいると、苦労しますよね。私もコンビニで経験があります。何度言ってもゴミ箱にゴミを片付けてくれない新人さんに悩まされました。出しっぱなしのゴミを見たお客さんに、何度クレームをつけられたことか。
ともかく、今はマニュアルを読むべきですね。私はシャーリーさんに一礼し、窓口を離れます。そして部屋の隅にある本棚の方へと向かいました。