33 信用と挽回
「だめ、ですか」
沈んだ表情を浮かべた涼野さん。そこに、私は無慈悲な言葉を投げ掛け続けます。
「どうやら勘違いをなさっているようなので、訂正しておきますが。私は、別に涼野さんのこれまでの行為に対し許せない、といった感情を抱いたことはありません」
その言葉には、何かを期待するような表情を見せる涼野さん。
「そもそも、事業者というのは個人の感情で従業員をクビにしたり、あるいは雇用したりするようなことはありません。たとえ私個人が涼野さんを心底憎んでいても、涼野さんが望むなら雇用するしかありません」
「だったらっ!」
「ですが、それは涼野さんが被雇用者として十分な能力がある場合です」
手の平を返すような言葉に、涼野さんの表情が凍りつきます。
「誰でもいい、というわけではありませんからね。従業員を雇うなら少しでも優れている方が良い。涼野さんの場合は、仕事を真っ当にこなせなかったという結果がすでにあります。ですから、雇うことはありえないと言っていいでしょう」
「それなら、ウチ、頑張りますっ! これからは、ちゃんと仕事を覚えますから」
「そうですか。頑張って下さい。我が社以外のどこかで」
言われた涼野さんは泣きそうな表情を浮かべますが、それでも私は容赦せずに言葉を続けます。
「謝罪も、意欲の表明も自由です。しかし、それは貴女の能力を保証するものではありません。すでに下った評価は変わりませんから。涼野さんは、どれだけ謝罪したところで、真面目に働くことのない人間という評価のまま変わりません」
「なら、どうすれば、雇ってもらえますか?」
その問いは、最後の希望だったのでしょう。
が、私はそれも打ち砕きます。
「涼野さんが優秀であると証明して下さい。ちゃんと仕事ができる人間であると、誰にでも客観的に分かるようにして下さい。そうすれば、雇うこともあるでしょう」
「それは、どうすれば」
「さあ。少なくとも、自分で考え、自分でやるべきことでしょう。こちらには、わざわざ無能な人間を観察する義務などありませんからね」
つまり、行動で示すことすら不可能だということです。誰にも見てもらえなければ、どれだけ努力しても理解されない。
一度信用を失った以上、彼女の努力は誰にも見向きされないのです。
それがようやく理解できたのか、涼野さんは諦めたような表情を浮かべます。
そして、涙を流し、嗚咽を漏らし、さめざめと泣くだけのことしか出来なくなりました。
恐らくは、これで自分の信用というものがどれだけ大切か理解したはずです。
この段階になって、ようやく解決策を話すことが出来ます。
「一つだけ、解決策があります」
私が提案の言葉を口にすると、涼野さんは顔を上げ、こちらを見ます。
「貴女の信用は、すでに取り返しがつかないほど失われています。ですが、それはこの王都とその近辺の街に限ります。遠い領地の、かつ大きな街であれば話は変わります。涼野さんのやる気次第では、雇ってもらえる場合もあるでしょう」
そこまで言うと、涼野さんは再び暗い表情を浮かべます。何しろ、彼女は今ほとんどお金を持っていない状態です。遠くの街へと向かうにも、乗合馬車などを使わなければなりません。その料金を払うことが出来ない以上は、実行不可能な解決策でしかありません。
「ですが、私としては問題のある人間を他社に送りつけるような行為はしたくありません」
言って、私は一つの封筒を取り出し、涼野さんの前に差し出します。
「あの、これは?」
「ここに、紹介状といくらかのお金が入っています」
「っ!」
驚きに、目を見開く涼野さん。構わず、私は話を続けます。
「今、乙木商事では新しく農業関連の事業にも手を出していく予定があります。その関係で、ウェインズヴェール領の方で新しく子会社を立ち上げました。そちらの責任者は貴女の元担任教師でもある、木下ともえさんですから、話もしやすいでしょう」
「えっと、つまり」
「ええ。そちらで、いち従業員として最初からやり直して下さい。くれぐれも、同じ失敗を繰り返さないように」
話は、これで終わりです。涼野さんは、とても大事そうに封筒を受け取り、頭を下げました。
「ありがとう、ございますっ」





