32 後悔先に立たず
衛兵の詰め所の、面会室にて。私が涼野さんとの面会を希望し、待機していると、やがて拘束された状態の涼野さんが二名の衛兵に連れられ、入室してきました。
その様子を見て私はひとまず安心しました。
というのも、涼野さんはかなり憔悴してこそいましたが、怒りや恨みといった負の感情は一切見られなかったからです。
ここまで彼女を追い込んだのは、理由があります。それは、社会というものは自分が好き放題出来るほど甘いものではない、という事実を思い知ってもらうこと。
これが出来なければ、涼野さんはいずれ魅了魔法を使った犯罪を理由に、投獄、あるいは死刑となる可能性がありました。
ですので、かなりの劇薬でしたが、彼女の思い上がりを社会に、世間の目によって叩きのめしてもらいました。
ただ、これにはリスクもありました。追い込まれることで、その責任を社会、ないしは私に向けて転嫁する可能性があったのです。
しかし現在の様子から察するに、そういった感情があるようには見られません。少なくとも、私に対して恨みや怒りがあったから暴れた、というわけでは無さそうです。
その場合は一切の更生の目が無くなるわけですから、獄中で残りの人生を過ごしてもらうことになっていたでしょう。
今の乙木商事の力であれば、そういった形で彼女を『保護』することも可能になりますからね。
席に座り、私と向かい合う涼野さん。左右を衛兵に挟まれた状態で、面談は開始されます。
「ごめん、なさい」
第一声は、涼野さんの謝罪の言葉でした。
「ウチが、間違ってました」
「そうですか」
しかし、私は冷たい声で突き放すように言います。
「私の店で暴れた理由を、教えてもらえますか?」
問いかけると、涼野さんは少し悩んだあと、ぽつぽつと事情を話し始めます。
「ウチは、最初は魅了魔法でいろんな人を操って、成り上がって、おっさんに復讐しようとしてた。でも、バレて、捕まって、魅了魔法使ったらやばいって分かって、なんもできなくなって」
泣きそうになりながら語る涼野さん。申し訳なくも思いますが、ここで優しくするわけにはいきません。まだ、彼女は最も重要なことを理解していないはずですから。
「それで、冒険者になって。ゴブリンに囲まれて、殺されそうになって、マジで怖くてっ!」
涙も、ついに溢れます。それでも、私は冷たい視線を向けたままです。
「もう、外で冒険者の仕事とか絶対やりたくなくて。それで、色んな所で雇ってもらおうとしても、おっさんのとこクビになった出来損ないなんか雇いたくないって言われて。もう、生活も出来なくなって」
「聞いていないことを話さずに、要点だけ話してくれますか」
あえて、厳しい言い方をします。涼野さんは、怯えたようにビクリ、と身体を跳ねさせますが、すぐに落ち着き、話を続けます。
「えっと、それでとにかく、おっさんに謝って、許してもらわないと、どこでも働けそうにないから、おっさんに会わせてくれって頼みに行って。でも、拒否されて、それでパニックになって、ウチ、店の人に」
「そうですか、事情は分かりました」
私が言うと、涼野さんは安堵した様子です。しかし残念ながら、安心するのはまだ早いでしょう。
「それで? 私に会って、何をするつもりだったんですか? 今、ここでやってもらってもいいですよ」
私が言うと、涼野さんは意を決したような表情をして、口を開きます。
「ごめんなさいっ! ウチが、全部間違ってました。調子乗ってましたっ! ウチ一人じゃ、生きていけないんです! だから、どうか、許して下さい! もっかい、雇って下さいっ! どんな仕事でも、ちゃんと頑張るから!」
その言葉を聞き、私は涼野さんが本当に反省しているのだと理解しました。口調や表情からも、嘘を吐いて騙そうとしている様子は見られません。
恐らくは、本気で悪かったと思い、次からは心を入れ替えて頑張るつもりなのでしょう。
しかし、今更もう遅い。
「そうですか。要件はそれだけですか? なら、私は帰らせてもらいます」
無慈悲に言い放ちます。
涼野さんの表情には、絶望が浮かんでいました。





