30 解雇
解雇、という言葉が信じられないのか、涼野さんは一瞬だけ呆気にとられていました。
が、すぐに怒りが再燃。私に向かって猛抗議を始めます。
「ふざけんなよッ! オッサンてめぇ、ウチらみたいな奴らを保護したかったんじゃねーのかよッ!」
「それは事実です。が、最優先目標ではありません。あくまでも、転移者の保護は可能な限り、という条件付きの目標に過ぎません」
「だったらウチのこともちゃんと保護しろよッ! 金持ちなんだからそんぐらい出来るだろーがよォ!」
納得のいっていない様子の涼野さんを、私はさらに追い詰めるように拒絶していきます。
「確かに、不可能か可能か、で言えば可能です。貴女が仕事をしなくても、遊ぶ金を十分に渡しつつ保護し続けることも出来ます」
「じゃあそうしろよ!」
「したい。と、本当に思ってもらえるつもりだったんですか?」
私はより視線を鋭くして、一つずつ涼野さんの悪行を本人に告げてゆきます。
「工場では一番簡単なライン作業すら上手に出来ない。機械を見るだけの仕事も出来ない。仕事を覚えるつもりもない。すぐにサボってどこかに行く。だから人の目のある場所に配属すれば、今度は他人に仕事を押し付ける。ここでも仕事を覚えない。接客をする気も無い。あげくの果てには、レジの計算すら合わなくなる」
「関係ねぇだろ! ウチが苦手なことばっかやらせといて、ふざけんなし!」
「ええ、苦手なことは誰にだってあるでしょう」
私は一瞬だけ肯定し、すぐに否定の言葉を連ねます。
「しかし、普通は努力します。出来なければ、出来るようになりたいと考えます。それでも出来なければ、申し訳ないという気持ちが湧き上がってくるでしょう。普通なら」
「だから何だよッ!」
「気づいていますか、涼野さん。貴女はここまで、一度も謝罪の言葉や、努力する意欲を示す言葉を口にしていないんですよ」
「はぁ? それが何だっていうんだよッ!」
言われて、涼野さんはまともな反論もせず、ただ声を荒げるだけになりました。
「そうですね。涼野さんは、保護してもらいたい。お金をもらいたい。でも自分は働きたくない。大変な思いをしたくない。そう考えているようにしか、こちらからは見えません」
「そんなことねぇよ!」
「実際にどうかは関係ありません。私から見て、涼野さんは自分勝手で、迷惑千万です」
そう、涼野さんの心の内など関係ないのです。実際に何をして、こちらから見てどのように映るか。それ以外に、他人の価値を判断する手段など無いのですから。
「つまり、私から見て、不愉快なんですよ。涼野さんは」
「ざけんなッ!」
「そして不愉快な人間を、わざわざ保護したい、なんて思いません。少なくとも、私はそうです。だから貴女を保護しない。当たり前の話です」
「うるせえ! 死ねよカス!」
もはや、涼野さんの口からはまともな反論の言葉が出てくる様子すらありませんでした。
暴言を好き放題に吐き捨て、十分に喚き散らした後。ようやく落ち着いたのか、一度口を噤みます。
そこで私は、拘束していた腕を開放してやります。
しばらく、涼野さんと私は睨み合いのような状態を続けました。が、痺れを切らしたように涼野さんの方が口を開きます。
「知らねーからな。ウチのこと放り出して、後悔してもおせぇぞ」
「そうですか。では、もう貴女は従業員でも何でもありません。出ていって下さい」
「言われなくても出てくに決まってんだろ! こんな所、二度とこねぇよッ!」
吐き捨てるように言って、涼野さんは退室。
こうして涼野さんは、我が乙木商事から解雇されることになったのです。
本人はたかが解雇、と思っていることでしょうが。
残念ながら、これで終わりではないのです。





