29 配属
騒動もありましたが、結局私は涼野さんを雇うことに決めました。
問題点は多いですが、チャンスを与えずに放り出す、というのも良くありませんからね。
まずは乙木工業の工場の中でも、特に簡単なライン作業を任せてみることにしました。
涼野さん以外の引き抜いた人材は、全員が配属先で順調に仕事を覚えています。半年もすれば十分に役員として仕事が出来る程度まで育つだろう、と見込んでいます。
しかし、残念ながら涼野さんはまるで役に立っていません。簡単なライン作業でさえ遅く、ミスが目立ちます。
そこで、製品の組み立て機械の監視を任せることにしました。資材の投入さえしていれば、仕事は機械が勝手にやってくれます。
機械がエラーで止まった場合は、状況に応じた対応をする必要がありますが、他の職員を呼んでもらい、対応してもらう予定です。そして少しずつ対応方法を学んでいき、長い目で見ていけば良いだろう、と見立てたのです。
しかし、これもダメでした。涼野さんはまるで仕事を覚える様子すら有りませんでした。教えたことを一切覚えないどころか、機械が勝手に動いてくれるからと、勝手にどこかへ抜け出してサボり出すほどでした。
監視の目が無ければダメな様子だったので、乙木商会の方で接客員として雇ってもみました。
しかし残念ながらこれも失敗。仕事は他人に押し付けてばかりで、接客の態度も悪い。
最終的には、なんとレジからお金を抜いて、勝手に遊びに使っていることが判明。
さすがに問題が大きすぎる為、涼野さんを呼び出し、私が直接面談をすることになりました。
「涼野さん。なぜ呼ばれたのか、分かっていますね?」
「は? 知らんし。意味分かんない」
「仕事を真面目にしないことまでは、まあ許容しましょう。他にもそういう人はいます。普通ならそういった人はすぐにクビになりますが、貴女は地球出身の元高校生ですからね。特別に、長い目で見て、少しずつでもいいから成長してくれればと考えていました」
「じゃあ別にいいじゃん。帰っていい?」
私の説教を鬱陶しそうにしながら、涼野さんは帰宅の要求をします。が、当然これは認めません。
「駄目です。まだ話は終わっていません」
「じゃあ早く話せよカス。ダルいんだよ」
「では単刀直入に言いましょう。涼野さん。貴女は魔道具店のレジにあったお金を盗み、自分の遊びの為に使い込みましたね?」
「は? そんなんやってないし。証拠でもあんの?」
ニヤニヤと、笑いながら涼野さんは言います。確かに、言う通り明確な証拠はありません。この世界には監視カメラなどありませんから。誰も見ていない時にお金を抜いてしまえば、犯人の特定は不可能になります。
しかし、そういう世界だからこそ、特定など不要なのです。
「勘違いしているようなので、先に言っておきましょう。この世界は、現代日本ではありません。誰の目にも明らかな動かぬ証拠、なんてものは要らないんですよ。私や、乙木商会の魔道具店には信用があります。そんな私たちが、レジの中のお金の計算が合わないと言っている。その原因は貴女にあるとしか思えないと言っている。だったら、貴女が犯人なんですよ。証拠など無くても」
「はぁ? ふざけんなよッ!」
涼野さんは怒りに任せて、私の胸ぐらを掴んできます。が、さすがにステータスの格差が大きすぎますからね。簡単に回避し、涼野さんの腕を掴んで拘束します。
「そうやって、すぐ暴力を振るう。大きな声で相手を威圧しようとする。それでどうにかなると、本気で思っているんですか?」
「うっせぇなァッ! ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ! 冤罪だろ、取り消せよクソジジイッ!」
「確かに、証拠が無いのも事実です。現代日本に生きていた者としては、それで貴女を牢屋送りにしてしまうのは心苦しいとも思っています」
「は? なんだよ、じゃあ最初っからそう言えよバーカ」
私の言葉に安堵したのか、涼野さんの態度が軟化します。
ですが、残念ながら安心するのはまだ早い。本題はここからなのですから。
「ですから、残された解決案はただ一つです。涼野さん、貴女を我が乙木商事から解雇します」





