17 宣伝旅行
私が魔導車の構造を確認していると、マリアさんが口を開きます。
「操縦席の方は、有咲さんが本当に頑張って作っているんですよ。確認してあげてくださいな」
「そうですね。見てみましょうか」
確かに、そこが有咲の最も苦労した部分でしょうからね。ちゃんと見てあげるべきでしょう。
私は操縦席の扉を開き、中に入ります。
操縦席には簡単なハンドルと、速度や残魔力の計器。動力源の選択に使うバーなど、様々なものが配置されていました。
どれも直感的に使いやすい位置に配置されており、デザイン面でもしっかり工夫が凝らされているのが分かります。
「有咲。制御はどういう仕組みでやってるんだ?」
「ハンドルからの制御は油圧? っていうのを使ってて、回路は使ってないよ。で、計器系とか、動力源制御とか、あとはアクセルとブレーキにも回路が入ってるかな」
「動力源の制御が、トランジスタだとして。アクセルとブレーキも回路制御なのか」
「まあね。結局、動かすのに使うエネルギーが魔力だからさ。アクセルはトランジスタと抵抗器で動力源からの出力制御して、ブレーキはその逆って感じ」
回路の知識など皆無であった有咲が設計したものだと考えると、なかなかに高度なものを仕上げているようです。
「よく頑張ったな、有咲。すごいぞ」
「へへ。まあ、雄一にいろいろ教えてもらったお陰だけどね」
言いながら、照れた様子の有咲は頬を掻くような仕草をみせます。そんな有咲の頭を、私はつい反射的に撫でました。
「はいはい! 確認と惚気はこれぐらいでストップにしましょうね!」
そこで、シャーリーさんが声を上げました。私は有咲の頭から手を話し、シャーリーさんの方を向き直ります。
「それで、この魔導車はいつ頃商品化する予定なのですか?」
「近日中には、と言いたいところなんですけど。実はその前に、宣伝計画がありまして」
「宣伝計画?」
「はい!」
楽しげに頷き、シャーリーさんはより詳細を説明してくれます。
「簡単に言えば、この魔導車を使って近くの都市などを訪れたりして、うちでこういう商品を新しく開発した、ということを実際に目に見える形で宣伝してまわるんです。そうすれば自然と噂になって、欲しがる人が続出するはずです」
「なるほど、それは確かに必要なことですね」
私はシャーリーさんの説得に頷きます。
「そして、宣伝をするのは実際にこの魔道具を販売する人、つまり魔道具店のトップでもある乙木さんが一番適任であるはずです!」
「そう、でしょうか?」
「そうなんですっ! そして、サポート役として、この魔導車の開発の責任者であり私たち三人が同行するのも適切なはずです!」
「そう、ですか?」
「はい! 適切なんです!」
何やらシャーリーさんの押しが強く、少し気後れしてしまいました。
そんな私の様子を見てなのか、マリアさんがクスクス、と笑います。
「乙木様。つまりシャーリーさんは、一緒に旅行をしたいと言っているんですよ?」
「旅行ですか、なるほど」
「ああっ! マリアさん、そんな直接言わないでっていう約束だったじゃないですかぁ!」
マリアさんに言われ、ようやく私も納得します。
有咲との結婚前。いろいろありましたが、私は有咲を連れて出張、言い換えれば旅行のようなものに出ていました。
そうして二人きりの時間をかなり多く取ることが出来たのですが、シャーリーさんとマリアさんとはそうした時間を取っていません。
もちろん、仕事中に二人きりになるという機会は多々あります。しかし、仕事ではなくプライベートで二人きり、という状況は無かったように思います。
つまり、シャーリーさんはそんな状況にあった有咲のことを羨ましく思っていたのでしょう。
その為、こうして今回の魔導車の宣伝という理由を付け、私に仕事という大義名分を与えながら旅行の提案をした、というわけでしょう。
確かに魔導車の宣伝という仕事があるのですから。断る理由もなくなるわけです。
こんな回りくどい形での提案をさせてしまった、という事実を申し訳なく思いながらも。その反省の意味も込めて、ここはシャーリーさんの提案に乗ることにしましょうか。
「分かりました。行きましょうか、宣伝旅行」
「いいんですか?」
提案した張本人のシャーリーさんが、何故か聞き返してきます。
「もちろんです。有咲だけでなく、お二人も私にとって大切な人ですからね。むしろ、今までそういった部分に気遣いが出来なかったこと、申し訳なく思っていますよ」
「いえいえっ! むしろ、私は乙木さんの、そういう仕事に没頭してる、真面目すぎるぐらい真面目なところが、その、なんというか。好ましいな、と思っていますので」
改めて、好意の詳細を説明されると、どうにも気恥ずかしいですね。
気付くと、マリアさんだけでなく有咲も笑っています。どうやら、この宣伝旅行の計画は当初からあったのでしょう。
なるほど、思い返してみればシャーリーさんのやる気の高さは不思議なぐらいでした。きっと、このご褒美があったからこそなのでしょうね。
「では――今日はもう、次の仕事に入ってしまいましょうか」
「仕事ですか?」
「はい。宣伝旅行の具体的なプランを立てましょう。どの都市に行きたいか、ちゃんと二人で相談しなければいけませんから」
「っ、はいっ!」
こうして、私はシャーリーさん、マリアさん、そして最後に有咲という順番で、魔導車の宣伝旅行という名目の二人旅に出ることとなりました。
と言っても日程はそれぞれ二週間程度。近隣の都市へ二、三箇所立ち寄るか、少し離れた都市に行って帰る程度のことしか出来ませんでしたが。
ただ、そんな小旅行程度の二人旅でも、三人ともそれぞれ満足していただけた様子でした。
そうして宣伝旅行を終えた後。魔導車の本格的な販売が始まり、案の定、高額にも関わらず予約注文が殺到し、人気商品となるのでした。





