12 魔導回路
シュリ君に魔素力学の証明実験を任せた翌日。私は、証明実験が成功した時に備えて、先に進められる作業をやっておくことにしました。
それは、今後の計画の中で最も重要なもの、名付けて『魔導回路』というものです。
地球における電子回路のようなものを、魔素や魔力を使って作り出そう、というのがこの『魔導回路』の始まりの発想です。
もしも魔導回路の発明に成功したら、技術レベルは飛躍的に上昇します。これまで私の工場で使っていたのは、言うなれば歯車の組み合わせだけで成り立つ機械のようなものばかりでした。それでも最先端技術なのですが、地球の技術レベルと比べるとどうしても物足りません。
そこで、電子回路の代用となるものを開発するのです。そうすれば、地球でいうデジタル回路を利用した高度な機能をもつ機械を作ることも可能となるはずです。
もっと端的に言えば、電子の代わりに魔素を使ったコンピューター、『魔導コンピューター』とも言うべき装置を開発したいと考えているわけです。
そのためには、まずは地球におけるアナログ回路を魔素や魔力を使って模倣、再現しなければなりません。
現在、魔素についてはシュリ君の証明実験待ちという状態です。しかし、大まかにどのような形で作り上げればよいか、という設計の触り部分なら現段階でも作れるはずです。
ですので、魔素力学の証明実験が完了するよりも先に、魔導回路の設計を開始しました。
再現において、簡単に出来るものとそうでないものの差は激しいものとなるのが予想出来ました。
例えば、回路に使う導線は、特に難しい工夫もなく再現出来るでしょう。
一方で、魔力には電磁気学にあるような性質が無い為に、コイルのようなものも作れません。ですので、コイルを使うような回路もまた、再現が難しくなるわけです。
ただ、魔力と電磁気の違いは、プラスに働く場合もありました。
例えば、ダイオードを作るのは簡単でした。電子におけるダイオードとは違い、そもそも魔素には抵抗に指向性のある物質がある為です。
電子におけるダイオードは半導体の性質を利用して、電流を一方向にのみ流れるようにしたものです。魔素の場合は、そもそもこの性質を持った物質が存在しているわけです。
なおこの魔素におけるダイオード、つまり『魔導ダイオード』の場合は、電子におけるダイオードとは違い、電圧制御等の性質は持ちません。専門用語で言うと、降伏電圧が発生することが無いのです。
なので、この部分もコイルを使う回路と同様、工夫して再現しなければなりません。
ただ、幸いにも私が扱っているのは物理学ではなく、魔法です。
再現が難しい部分も、魔法陣を扱うことで多くが解決可能となりました。
このように、魔素と魔力、そしてこの世界の物質特有の性質を扱い、魔導回路の設計を進めていきました。
そうして作業を進めていく内に、シュリ君から連絡がありました。
無事『魔素力学』の証明実験が終了。魔素力学が正しい理論であることが判明したのです。
さらには、実験に伴い判明した様々なデータも一緒に送って頂けました。
これで、いよいよ本格的に『魔導回路』の設計、開発が可能になります。
「よかったな、雄一」
私がシュリ君が送ってくれた資料を読んでいると、有咲がそう呼びかけてくれました。
「ああ。これでようやく、魔導回路の開発に取り掛かることができそうだ」
「うん、頑張ってよね。アタシのやりたいことも、その辺りの開発が終わらないと進まないんだし」
言ってから、有咲はいつの間にか用意してくれていたお茶を差し出してくれました。
「でもまあ、少し休憩したほうがいいっしょ。昨日資料が届いてからずっとにらめっこしてるんだし」
「それもそうだな。そろそろ一息つこうか」
私は有咲の提案に乗って、一度資料を片付けます。そして有咲の用意してくれたお茶と、軽食を楽しむことにしました。





