10 魔素抵抗と魔力圧抵抗
シュリ君の思考が追いついていないようにも思えますが、先に全て説明を終えたほうが整理しやすいようにも思います。
なので、このまま解説を続けていきましょう。
「魔素は、この量子のようなものであると私は仮定しています。そうすれば、これまでただ不思議な性質であるとしか説明できなかった様々な物質について、一気に説明が付くんです」
私はそう言って、さらに魔素の存在が確かに思えるような実例を上げていきます。
「まず、魔力は高い方から低い方へと流れる性質がありますよね? これは、魔力圧と魔素量、どちらでも適用されるものであると、私は定義しています。つまり、魔力圧も高い部分は低い部分へとエネルギーを譲渡し、均一化する傾向があるんです。魔素もまた、密な部分から疎な部分へと移動し均一化する傾向があります」
「えっと、それについてはまあ、そうだろうなとは思うけど」
「そして、この二つの均一化についてですが、私は『起こりやすさ』があると考えています。
言って、私は重要な部分を話すため、一呼吸置きます。
「まず、魔力圧の均一化のしやすさについて。これは、魔素が存在している場所によって違うと考えられます。そして、あらゆる物質には、魔力圧の伝播を邪魔するような性質があって、これを私は魔力圧抵抗と呼ぶことにしました」
「つまり、何の物質もない、真空状態で魔力圧の均一化は最もスムーズに起こる、ってことだね?」
さすがシュリ君、説明から本質をすぐに見抜いてくれるので、話が早くて助かります。
「はい、そうです。そして、魔素量についても同様です。あらゆる物質は、魔素の移動を邪魔する性質を持っており、これを魔素抵抗と呼びます。こちらも、真空状態なら何の邪魔も入らないので、魔素はスムーズに移動出来ます」
「うん、そういう定義なんだね。それで、そうすれば説明できるようになるっていう物は何かな?」
シュリ君の問いに、私はすぐさま答えます。
「最も分かりやすいのは、導魔鋼ですね。これは魔素抵抗、魔力圧抵抗の両方が極めて低い物質です。空気中よりも遥かに低い為、魔力はこの物質の中を伝播し、流れるのです」
「なるほどね、それは確かに説明がついたことにはなるね。でも、それだけじゃだめだよ? わざわざ魔素抵抗と魔力抵抗を分けたのなら、残り三つの物質についても推測は付いてるんだよね?」
「ええ、もちろんです」
私は頷き、さらに例を上げていきます。
「次に挙げるのは、魔力絶縁体。これはもちろん、魔素抵抗と魔力圧抵抗の両方が極めて高い物質のことです。だからまるで、魔力を通さないような性質があるように見えるのです」
「ふむふむ。で、次は?」
「はい、魔力フィルターです。魔石に魔力を移す際に使われるこの物質ですが。私の推測では、魔素抵抗が高く、魔力圧抵抗が低い物質で、かつ魔力圧抵抗が方向によって異なる物質だと考えられています」
魔力フィルターは、ちょうど私の魔道具店のウォークイン、冷房装置にも使われており、自分でも扱かった経験があります。
「こういった物質は、魔素の流れはせき止めつつ魔力圧は伝播します。なので、大量の魔素が流れてくると、その波同士が干渉し合って、一時的に高いエネルギー量を持つ魔素が生まれます。そしてこの魔力圧が一方通行で、かつ魔力圧の低い方向へと伝播するお陰で、反対側に魔力圧が抜けてゆき、見かけ上では魔力が一方通行しているように見えるんです」
「確かに、それなら理屈は成り立つね。じゃあ、最後の一つは?」
シュリ君の問いに、私は実物を懐から取り出しながら答えます。
「それはこれ、魔石です。魔素抵抗が低く、魔力圧抵抗が高いのが、この魔石という物質です。魔力圧を伝播させるのは簡単ではありませんが、一度内部の魔力圧が高まれば、抵抗が高い為に外へ逃さなくなります。つまり、魔力圧を蓄えておくのに適した物質なんです。そして、魔素抵抗が低いという性質も、魔石から魔力を取り出すのに都合よく働きます。大量の魔素を流し込めば、その数だけ内部の魔力圧が高い魔素と干渉し合います。つまり、流し込んだ魔素量によって、取り出せる魔力圧の量も増えるのです」
魔石に魔力を補充するのも、取り出しの手順と同様です。魔力フィルターを介する事で、魔力圧の高い魔素が、内部の魔力圧の低い魔素と干渉し、素通りします。そうすることで、魔石内部の魔力圧が高まっていく、という仕組みになっているわけです。
「うーん、そういうことかぁ。なるほど、確かに説明は全部筋が通ってる。しかも、今まで解明されてこなかった部分が明らかになってる。もちろん、この仮説が正しいのなら、だけど」
シュリ君は難しい顔をしながら言いました。





