08 論文と革命
「では、この魔法陣を例に詳細を説明していきます」
私が言うと、シュリ君はゴクリ、と飲み込みました。
「まず、蓄光魔石のスキル『蓄光』が発動する為に必要な処理ですが、とりあえずAとBの二つの処理で出来ている、と仮定しましょう。まあ、実際はもっと複雑なのですが、今回は概要の説明ですので」
そう前置きをしてから、さらに説明を続けます。
「このAの処理が、どのような存在が『蓄光』を使うとしても、変わらない部分です。なので、Aは変換せず、そのまま付与してしまいます。具体的には、付与魔法陣にAの処理を変換しないように記述するんです。こうすれば、Aの部分を付与する上で必要な魔力はほとんどありません。Aを複製するために必要な魔力だけになります」
「な、なるほど! そういうことかっ!」
シュリ君は驚き、気付いた様子で声を上げます。それに私は頷いてから、さらに続きを話します。
「そして残るBの部分。ここは、スキルを発動する人によって内容が変わります。なので、この部分はスキルの所有者から付与対象に合わせて変換を行う、既存の魔法陣と同じ記述を使います。こうすれば、変換に必要な魔力はかなり抑えられます」
「そうだね、たしかに、そうすればいいわけだ。全く、ボクとしたことが、なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう!」
シュリ君は悔しそうに、頭を抱えながら言います。
「このやり方のデメリットは、全体を一括で変換するわけではないので、かなり具体的に『蓄光』というスキルの発動手順を理解して、詳細に記述しなければいけません。こうなると、魔法陣は既存のものとは比べ物にならないほど複雑化します」
「そうだね、それはボクも分かってた。だから多分、そんな魔法陣を作ることはほとんど不可能だと思ってた! けど、それは複雑な効果を持つスキルの場合の話だよっ! オトギンの蓄光魔石みたいに、単純なスキルの使い方を工夫することで価値を生み出しているなら、話は変わってくる!」
シュリ君は興奮した様子で、どんどんと私の言葉を奪うように語っていきます。
「もちろん、それでも魔法陣を作り上げる難易度は跳ね上がるだろうね。でも、不可能なわけじゃない。現に、オトギンが実現しちゃってるし! そして一度実現してしまえば、そのスキルに関しては以後永遠に、超低コストでのスキル付与が出来る!」
「ええ、そういうことです。これなら、他人のスキルを付与することも不可能では無いはずです」
「うんうんっ! すごいっ! これは本当にすごいよオトギンっ!」
言って、私の手を握ってぶんぶんと振り回すように握手をしてくるシュリ君。
「もうこれは、今すぐ論文にしよう! 全世界の研究者に向けて発表すべきだよ! そうすれば、世界中で魔法革命が起こるよっ! ボクが保証する、それだけこの発想は、既存の付与魔法のあり方を塗り替えるだけのポテンシャルがあるんだよ!」
「はい。ですが、少し待ってください」
私が制止すると、シュリ君はキョトンとした表情を浮かべます。そして、おろおろとしながら私に向かって問いただしてきます。
「なんでさっ? こんな大発見、発表しない理由が無いよ! 今すぐ発表しよう! そうしよう! オトギンの力で革命を起こすんだよ!」
「ええ、それには異存はないのですが、実はもうちょっとだけ改良したい部分がありまして」
私は、今日ここに来た理由の『二つ目』についても、ようやく話し始めます。
「実は、この蓄光魔石の魔法陣ですが、既存の付与魔法で自分のスキルを付与する場合の、半分ぐらいの魔力で付与が可能になっているんです」
「それはすごいよ! やっぱり今すぐ発表を」
「ですが、また削減できると私は思っています」
私の言葉に、シュリ君は固まります。
「今、なんて?」
そして、耳を疑っているのか、聞き直してきます。
「さらに削減できると言いました。理由も、ちゃんとあります」
私は言って、次の話題の核心部分を口にします。
「実は、既存の魔法陣も、この新しい魔法陣も、とある部分がブラックボックスになっていて、ちょっと具体性というか、詳細さに欠ける記述になっているんですよ」
「ブラックボックスって、何のこと?」
「魔力です」
そう、魔力。当然のように、この世界に存在する力。
それは、さながら地球でもはるか昔から、人々が当然存在することを疑っていなかった、けれど詳細を理解していなかった『空気』と同様に。
「魔力とは、どんなものなのか。何で出来ているのか。どういう性質があるのか。そこが曖昧だから、どうしても魔法陣の記述が曖昧になってしまっているんです」
この言葉にもまた、シュリ君は呆気にとられたように、ポカンとするのでした。





