22 勇者対おっさん
私は侯爵の用意してくださった案内役の方に従って大聖堂から移動し、教会騎士団の訓練場に向かいます。一応、体裁として私は乱入者なので四人とは引き離されたわけです。
そして暫くの待機時間を訓練場で待った後、いよいよ金浜君も入場してきます。
先程までは普段どおりのお人好しな好青年、といった印象でしたが、今は違います。これから行われる戦いに集中しているのか、雑念の無さそうな研ぎ澄まされた表情を浮かべています。
「あー、あー。長らくお待たせした。これから勇者金浜蛍一殿と乙木雄一殿の決闘を執り行う!」
そして、ルーズヴェルト侯爵の声が何らかの魔法で拡声されて訓練場に響き渡ります。
「ルールは簡単。相手にこれは負けた、と思わせるような攻撃をすれば勝ちだ。ただし、殺生は禁ずる。全ては寸止めか、武器破壊等による無力化の範疇に収めてもらおう」
このルールだと、お互いに制御が難しいスキルや魔法を使うわけにはいきませんので、使える手札は限られてきます。
とはいえ条件が同じである以上、ルールとしては公平と言えるでしょう。
「そして、決闘は聖女殿による結界の範囲内で行ってもらう。万が一、二人の攻撃が逸れたとしても、それが観客の皆さんを襲うようなことは無いので安心して頂きたい」
侯爵に紹介され、三森さんは一度お辞儀をしてみせます。
清楚な仕草ではありますが、一方で鼻にワインコルクのような栓を詰めているため格好がつきません。おそらくは私の体臭で気をやってしまわないための対策なのでしょうが、それを知らない人々が口々に、なぜ聖女様は鼻栓を? と話を繰り広げています。
「最後に! 今回の決闘はあくまでも婚約への異議申し立てを認める為のものである。乙木殿が勝利した場合はそれが認められ、勇者殿が勝利した場合は認められない。それ以上の意味は持たないため、どのような決着に落ち着いたとしても、妙は勘ぐりなどしないようにして頂きたい」
これは、恐らく多種多様な懸念への保険の言葉でしょう。この宣言により、この決闘が勇者、つまり金浜君による私の査定的な意味合いを持つことになります。例えば私が勝ったから勇者の実力が低いというわけにはならず、逆に私が負けたとしても、それは侯爵側の想定の内であり、後に尾を引くような怨恨などは生まれないと明言したことにもなります。
つまりは、これはイベントの一貫であると。そう告げることによって、どこまでも話を軽くしたわけです。
これが無いと、後日私がルーズヴェルト侯爵の派閥に属する貴族に因縁をつけられかねませんからね。後腐れなくするためには必要な宣言です。
「それでは、始めぇッ!」
そしていよいよ、侯爵により決闘の開始の合図が出ました。
既に臨戦態勢にあった金浜君は、剣を構えたまま駆け寄ってきます。
私はそれに応じて、あるスキルを発動します。
すると、金浜君は距離を詰める途中で足を止めます。
「これは、とんでもないですね。一応、耐性系スキルは勇者スキルの内に沢山含まれているんで、デバフの類はほとんど効かないはずなんですが」
「ゴブリンなら一割でも即死する威力のデバフですので」
私と金浜君は、そのような言葉の応酬をします。
私が使ったスキルは『災禍』であり、四天王のアレスヴェルグでさえ一瞬で無効化したものです。
今回はその時を超える、ほぼ全開で金浜君に効果を及ぼしたのですが、どうやら身動きが取れないということは無い様子。改めて、勇者という存在のチートぶりが伺い知れます。
一応、殺すようなことが無いように身体能力の低下に絞って少しずつ効果を発動したのですが、もしも殺す方向性で呪いと疫病を付与したところで抵抗されて無意味となる気しかしません。
むしろ、いくらか身体能力を削れている様子なので、効果をデバフの方向性に絞って発動させた今の状況の方が結果的に良かったのかもしれません。
ちなみに、ゴブリンに使った場合は心臓を動かす筋力すら維持できないほどのデバフになるのでどちらにせよ即死です。
「さて、こちらも獲物を用意しなければいけませんね」
私は金浜君が足を止めたこのタイミングで、戦う準備をする為に『瘴気』と『詛泥』のスキルを発動します。
そして周囲を漂う黒い霧の中から、武器となるものを取り出します。ダークマターで構築された、カランビットと呼ばれる種類のナイフです。
ただし、刃の部分をTの字に近い鎌のような形にしてあり、通常のナイフとは違い複数方向に振りかぶってそのまま突き刺したり、切り裂いたりすることが出来るようにしてあります。
正直、私は剣術などの戦闘技術を学んできたわけではありませんので、こういった合理的な形をした武器を使うことでその辺りの差を埋める必要があります。
一応、こういった特殊な形状の武器の練習は多少ならしてあるのですが。本格的に王城で剣術などの戦闘技術を学んだ金浜君にどこまで通用するかは分かりません。
「では、次は私から行きましょう!」
そして、今度は私が金浜君に攻撃する番です。





