20 披露宴会場へ
会場に向かう道中、私は走りながら考えます。
どうして自分が、こんな馬鹿なことをしたのか。
どうして自分は、誰がどう考えても二人揃って不幸になるだけの道を選んでしまったのか。
それは恐らく、自分を支配してきた無力感が原因なのでしょう。
若い頃の私は、自分を特別だと思っていました。人より優れていて、まわりの奴らはみんな馬鹿で。自分だけが何かすごいことに気づいているような、そんな気がしていました。
けれどそれは間違いだった。勘違いに過ぎず、気がつくと何も成し遂げることなく歳を重ねていました。
あの頃馬鹿だとおもっていたクラスメイト達は結婚して家庭を持ち、平凡だと思っていた大学時代の友人は大手企業や地元で就職して。
一方で私は、何でもない、誰にでも出来るアルバイトでその日暮らしを続けていて。
いつしか正体の無い無敵感は裏返り、漠然とした無力感を抱くようになって。
自分は所詮こんなものだ、と自分で自分を諦めてきました。
そうやって私は、今の自分の価値観を形成してきました。
けれどそんなものはもう、捨ててしまいましょう。
有咲さんを幸せにするためなら。最後まで間違え続けたり、諦め続けたりしないためなら。この身体を支配する無力感から卒業して、少年時代に戻りましょう。
いつからか抱くようになった、自分こそ特別だと思うようになるよりもっと前に。毎日が冒険で、驚きと発見に満ちあふれていたあの時代に。
そして何より、自分が一番素直で、気持ちに正直で、間違えば反省して、学んで、成長していたあの頃に。
私は駆けながら、周囲に視線を向けます。ちらり、ちらりと道の脇に立ち並ぶ家々や店の数々、人々の表情に視線を向けます。
彼らに負けているわけでもなく。彼らを馬鹿にするわけでもなく。笑っている人はなぜ笑っているのか気になって。見たこと無いものを並べる店には入ってみたくて。どんな人が住んでいるんだろうと玄関先から想像して。
そんなことをしていた頃を思い出しながら、少しずつ、進んでいきます。
とはいえ、私の身体能力はステータスの影響によりかなり高くなっているので、婚約披露宴の会場までは一度も足を止めることなく到着しました。
披露宴の会場は、王都内にある大聖堂、国教となっている宗教団体の施設を使わせてもらうことになっているようです。
そこで司祭様に祝福の言葉を賜り、婚約したことを神に宣誓するわけです。
出来るなら、私はその前に割り込まなければなりません。
大聖堂の入り口は、複数の騎士らしき姿の人たちが囲み、警護していました。装備がマルクリーヌさん等王国の騎士のものとは違うので、恐らくは教会に所属する騎士なのでしょう。
無理やり入ろうとすれば、彼らと戦いになってしまいます。しかし、罪のない騎士を傷つけるのは本意ではありません。
そしてどこか他に入り口は無いか、と大聖堂を観察していると、三階か四階ぐらいの高さにある採光用の窓が開いていることに気づきます。
ここから侵入することにしましょう。
「あ、おい! 貴様なにをしている!」
私が窓まで飛び上がり、侵入しようとしていることに騎士達は気が付き、声を上げます。
しかし、もう手遅れ。私は窓を潜って大聖堂の内部への侵入に成功します。
タイミング的には、ちょうど司祭様が祝福の言葉をつらつらと述べ始めたところの様子です。一冊の本を手に、何やら唱えるように朗々と語っています。
私は、一刻も早く割り込みたいという気持ちが勝っていました。
「有咲ァァァァアアアッ!」
窓から侵入してすぐの、手すりから身を乗り出して叫びます。
次の瞬間、披露宴の参加者全員の顔がこちらを向きます。見知った顔以上に、見知らぬ顔が立ち並んでいます。
彼らは様々な感情を顔に浮かべていました。驚き、喜び、疑い、嫌悪、と様々な感情を向けられながらも、私はもう一度叫びます!
「有咲!」
その呼びかけに、有咲は混乱している様子でした。隣にはルーズヴェルト侯爵が立っています。何を考えているのかは読めませんが、少なくとも怒りのような感情は読み取れません。
やがて有咲は何度か周囲の人々の様子を確認したあと、こちらに向かって叫び返してきます。
「雄一お兄ちゃぁぁああああんッ!」
「有咲ァ!」
私は呼びかけに答えるようにまた名前を呼んで、そして聖堂のど真ん中に飛び降ります。披露宴参加者のざわつく声が、私から逃げるような悲鳴混じりになり、そしてすぐに静かになります。
まるで私の様子を伺うように、周囲の人々が距離を空けます。
そして対称的に、ルーズヴェルト侯爵だけが前に歩み出て、私と有咲の間に立ちます。
「これはどういうつもりかな、乙木殿」
「この婚約に、異議を唱えに来ました」
その言葉を発した瞬間、周囲がまたざわつきはじめます。





