19 そして真実
「愛する男性を幸せにしたいと本気で願って、全てを投げ売ってまで尽くしてくれる女の子が居ます。乙木様。貴方は彼女を幸せにしてあげますか。それとも不幸にするつもりですか。どっちなんです!」
突き付けるような、マリアさんの問い掛け。これに私は、まだ拭いきれない躊躇いを顕にして答えます。
「しかし私では、きっと間違えます。今回みたいに、これから何度でも」
「だったら、その都度反省して、やり直しましょう。それこそ今回みたいに、これから何度でも」
返す言葉もありません。正論そのもので、私の言葉が所詮逃げの科白に過ぎないのだと自覚させられます。
しかしそれでも、やはり私は自分を信じ切ることができません。
「ですが私には、その資格がありません。私は、あの子の名付け親なんです。あの子の名前に、到底まともな大人が思いつくとは思えない酷い意味を込めてしまったんです。そんな私には、あの子の隣に立つ権利があるとは思えないんです」
「名前、ですか。確かにそれが事実なら酷いことをしたのでしょうけれど。だったらなおさら、責任をとるべきではありませんか? 悪いことをしたと思うなら、その分有咲さんを幸せにしてあげるべきでしょう?」
確かに。理屈としては明らかにそちらの方が筋が通っています。有咲さんに悪いと思いながら、私が選んだのは責任を取る道ではなく、責任から逃れる道だった。その負債を、誰か見知らぬ他人の力で帳消しにしようとしていました。
とうとう、理屈として私が逃げる理由の一切が潰されてしまいました。
私は静かに立ち上がり、呟きます。
「全く、その通りですね。私は有咲さんを、幸せにしてやりたい」
「ええ。それが出来るのは貴方だけですよ、乙木様」
マリアさんは、私を慰めるように抱き締めてくれます。
「つらく当たるような言い方をして、ごめんなさいね。でも、このままで良いとは思えませんでしたもの。それに、乙木様が迷っているのは明らかでしたから」
「迷い、ですか」
「ええ。貴方は、自信に溢れる男性のような振る舞いこそしていますが、どこか違和感がありました。自信というよりは、やけっぱち。そんな貴方が、旅から帰ってきて萎縮している姿を見て、確信しました」
マリアさんは、私が自分でさえ意識していなかった私の内面について言い当ててきます。
「乙木様。貴方は自分のことを、何の価値も無いと思っている。そうですね?」
頷くほかありません。
「はい」
全くもってそのとおり。反論の言葉など思いつく気すらしません。
「自分に価値が無いと思うから、失敗が怖くない。だから、何でも挑戦できる。命の危険がある冒険者だって、成功するかどうか分からない魔道具店だってできる。でも、そこにあるのは自信じゃない。まったく逆で、自分に何にも価値がなくて、自分が空っぽで、だから失うものが無いから何でもできる。そして何でもできる気になっているからこそ、自分に価値が無いことが認められない。証明したくて、あがいて、誰かに認められたくで、やけっぱちの出たとこ勝負で生きている」
「あはは。言われてみると、とても当てはまっていてびっくりします」
「でしょう? 貴方のような人は、昔、よく見ていましたもの」
そこまで言うと、マリアさんは私から離れ、背後にまわります。
そしてバン、と背中を叩いて押してきました。
「ですから、どうすればその気になってもらえるのかもよーく分かっています。重々承知しておりますとも」
そう言った後、マリアさんは優しい声色で、私の背中を撫でながら告げます。
「価値があるとか無いとか、そんなことは私には分かりません。貴方の悩みに対して、私が答えてあげることなんで出来ません」
どこか突き放すような言葉。ですが、それはすんなりと私の心に染み入ってきます。
「ですが、私が貴方のやること全てを受け止めます。どんなことをする貴方でも、どんなに間違えたり、失敗したりする貴方でも、私がここで待っています」
私の中の不安が、マリアさんの言葉を聞くほどに薄れていくのを感じます。
「だから、行ってらっしゃい。まずは貴方がやりたいと思うことを、全力でやってきなさい」
そこまで言ってもらえたことで、ようやく覚悟が決まりました。
「ありがとう、ございます。マリアさんのお陰で決心がつきました」
「どうするおつもりですか?」
「有咲さんのところへ。後は、まあ、出たとこ勝負です。何にも考えていません」
「ふふっ。それでいいんです。行ってらっしゃい」
バン、とまた背中を叩かれました。今度は気付けというよりも、送り出すようなニュアンスでしょうか。
ここまでしてもらったのですから、行かないわけにもいきません。
「では、行ってきます」
「ええ」
私はマリアさんに背中を押され、そのまま有咲さんの部屋を抜け出します。
そして、婚約披露宴の会場へと向かって駆け出しました。