16 ありがとう
覚悟を決めてからの日々は、まるで古いフィルムを早回しで見ているかのように、どこか現実感の無いまま素早く通り過ぎていきました。
私はあくまでも親代わり。保護者なのだから。であれば、何をするのか。
推測される、理屈で導き出される私の取るべき行動を、常に意識して行動し続けました。
何の未練も見せないように。どんな不満も明かさぬように。
異様な穏やかさを保ったまま過ぎ去る日々の中で、有咲さんもまたどこか演技めいた態度を徹底していました。
あくまでも、父親に甘える娘のように。これからの幸せな日々に期待する少女のように。
そんな有咲さんと、私は、お互いにお互いの心の内を見せないよう、細心の注意を払いながら過ごしていました。
やがて、一ヶ月ほどの日々を過ごした頃には、私が保護者として用意すべき、婚約披露宴で有咲さんが身につける二つの贈り物が完成しました。
ローサさんに頼んだドレスは、華美な装飾こそ無いものの、決して地味というわけではなく、むしろ生地そのものが持つ真珠のような七色の光を活かした素晴らしい出来のドレスでした。
そして、装飾品としてはアレスヴェルグの鱗から抽出された金属、アレシウムを加工して作り上げたエンブレムを首から下げるようにしたネックレスを用意しました。
シュリ君の検査の結果、アレシウムが人体には無害であると分かりました。魔力を弾く効果が発動する領域は水をはじめとする一部の物質により遮断されるそうです。なので、人体の内側の魔力に悪影響を及ぼすことはありません。
むしろ、咄嗟に飛んできた攻撃魔法等を弾く効果があり、護身用としての効果を発揮するぐらいだとか。
そんなアレシウムを、鎖の部分までふんだんに使ったネックレス。肝心のエンブレム部分は、沙羅の樹の花を模したデザインにしました。
沙羅の樹は仏教では若返りや復活を意味する樹とも伝えられており、何より平家物語の一節における沙羅双樹、つまり日本で沙羅の樹の代わりに植えられていた夏椿とは別物です。
私が有咲さんの名前に込めてしまった呪いを否定し反転させるような意味合いと、有咲さんの今後の壮健を願っての意匠として相応しいと思い、制作しました。
そして、さらに一ヶ月後。
ルーズヴェルト侯爵からのやりとりをした結果決まっていた、婚約披露宴の当日がやってきました。
貴族の披露宴としては急ピッチが過ぎるのですが、有咲さんが庶民であることを考えると、過度に準備をし過ぎて立派なものにするのも角が立つ為、ほどほどの準備期間と披露宴の内容を考えた結果、決まった日取りです。
わたしはそわそわ『しながら』、有咲さんの準備が済むのを待っていました。ドレスを着て、ネックレスを首に下げて、髪型までセットし、化粧も施します。
一通りの身支度は侯爵が都合をつけてくださった、その道のプロが済ませてくれます。
なので私がやることは無く、有咲さんの部屋の前でうろうろと歩きながら待っているわけです。
やがて準備が終わったのか、有咲さんの部屋のドアが開きます。
「どうぞ、お入り下さい」
その道のプロの方がそう言って、有咲さんの部屋に招き入れてくれます。
私は部屋に入るとまず見えた、有咲さんの後ろ姿の時点で既に驚きました。美しいドレスと、髪を編み込みアップにした結果見える項。清楚さと、女性の魅力のどちらも引き立てるような姿に、つい息を飲みます。さすが、その道のプロの方です。
そして有咲さんがこちらを振り向くと、さらに驚き、言葉を失います。
編み込んだ髪を飾るようなヘッドドレスは、恐らくプロの方が準備してくれたものでしょう。それがネックレスやドレスともマッチしていて、違和感がありません。
そして化粧を施された有咲さんの顔立ちは、いつもよりも凛々しく、かつ愛らしく見えて、彼女自身の魅力が何倍にもなって引き出されているように感じます。
「どう、かな」
有咲さんが、緊張した面持ちでそう聞いてきます。私は慌てて、答えを返します。
「綺麗ですよ。恐らく、今は貴女が世界で一番の美人です」
「あはは、さすがに褒めすぎだし」
そう言って、有咲さんは微笑みます。
「でも、ありがと。このドレスと、ネックレス。どっちも最高のプレゼントだよ。アタシ、今日のこと絶対に忘れない。一生大切にするからね、雄一お兄ちゃん」
「そう言ってもらえると、頑張って用意した甲斐があるというものです」
私はそう言って、満足したように頷きます。
「じゃあ、行ってくるから」
「はい」
「見に来てね」
「はい」
そうして、有咲さんはその道のプロの方に手を引かれ、侯爵の用意した披露宴会場へと向かいます。店の前には侯爵が用意した馬車が停まってあり、それに乗って先に向かいます。
披露宴の招待状を受け取っている者は、また後で会場へと向かうことになります。
それは昼過ぎ頃になるはずです。なので、そろそろ私も準備をするべきでしょう。披露宴なのですから普段どおりの服装で向かうわけにはいかず、きちんとした礼服に身を包む必要があります。
当然、既に買って用意は済ませています。
なのに私はその後しばらく、ただ呆然と誰も使わなくなる部屋の中、立ち尽くすばかりでした。