15 自分にとって一番
駆け足で魔道具店の方まで帰り、私は有咲さんを探します。
「有咲さんは、いますか?」
「有咲さんなら、今は自分の部屋にいらっしゃいますよ」
ちょうど店に出ていたシャーリーさんが答えてくれました。私は有咲さんの部屋のある二階まで早足で向かい、扉をノックします。
「有咲さん。私です。少し、話したいことがあるのですが」
ノックの後、少しの間を置いてから返事が返ってきます。
「いいよ。入って」
許可も出たので、ドアを開いて有咲さんの部屋に入ります。中では有咲さんが待ち構えていたみたいに、椅子に座っていました。
「どうしたんだよ、おっさん。急にさ」
優しげに有咲さんは微笑んでいます。しかし、それがどこか悲しげにも見えます。
「質問がありまして。有咲さんは、何故ルーズヴェルト侯爵と婚約することに決めたのですか?」
「そんなの、そうしたいって思ったから」
「ですから、何故そう思ったのですか。理由を聞きたいのです」
私がしつこく問い詰めると、有咲さんは困ったように顔を顰めます。
それでもなお、私は理由を求めて質問を続けます。
「身勝手で自惚れ気味な予想にはなりますが、有咲さんは私の役に立つからと、それだけの理由でルーズヴェルト侯爵と婚約することにしたのではありませんか?」
「そうじゃないし!」
「では、何故なのですか。突然、有咲さんが脈絡無く覚悟を決めたように私は思えています。ですから、その理由が知りたいのです。何も分からないままでは、納得が、出来ません」
未練たらたらの女々しい質問攻めですが、それでも確認しておかなければなりません。その理由の部分が最も大事なことで、そして今までなあなあで済ませてしまっていたことですから。
「アタシはただ、これが自分にとって一番だって思ったから。理解できたからやってんだよ。もう、ほっといてよ!」
幾らか悩むような表情を見せた後、有咲さんは悲痛な声で言い返してきます。
「今さら何だよ。そんなこと聞いて何になるんだよ。じゃあおっさんは、アタシのことどうするつもりなんだよ。もしアタシが、嫌々侯爵様と婚約してるんだったら、おっさんは何をしてくれるんだよ!」
「それは」
「なんもしてくんないじゃん! だったらなんも聞かないでよッ!」
ヒステリックに叫ぶ有咲さん。ですが、その言葉はもっともだと思います。
今さら何を言おうが、どう思おうが何も変わりません。有咲さんは侯爵との婚約を選んだ。私は有咲さんを送り出すことを選んだ。
それでも、という思いと、同時に理性的なこれ以上の詮索はやめるべき、という考えが鬩ぎ合い、言葉に悩み私は口を噤みます。
そこに被せるように、有咲さんは言います。
「ちゃんとさ、見送ってよ。アタシ、ちゃんとおっさんに大切にされてるんだって思いたいからさ。そうでなきゃ、さすがに、ちょっと嫌だよ」
ちょっと嫌だ、という言葉が出てきたことに私は驚きます。自分の気持ちを隠すみたいに、秘密主義的であった有咲さんが、そこだけは感情面をはっきりと口にしたのです。
それはつまり、言葉通り以上の気持ちが籠もっていることにもなります。
私は、自分の未練で有咲さんを質問攻めにして、挙げ句こうして悲しませている。
その事実を突きつけられたような気がして、一気に冷静になります。
「わかり、ました。それなら、もう何も聞きません」
「うん」
「私は、有咲さんの保護者です。保護者として、ちゃんと貴女を侯爵の元に送り出します」
「うん」
みっともない真似をしている場合ではありません。そんな、自分本位の考えで有咲さんを傷つけている場合ではないんです。
やはり、私では駄目なのでしょう。この有様なのですから、きっとどのようにあがいたところで有咲さんを傷つける。不幸にする。
だったら、大人しく見送りましょう。
心の内がどれだけ荒れていようとも、平静を装いましょう。
それが、保護者としての私の努めです。