14 本望ですから
私はどうすればいいかも分からぬままに王城内部を歩き回り、最終的には中庭らしい空間まで辿り着きました。
木々や花々を眺めながら、呆然と歩いてまわります。そうして何もかも一度空っぽにして、気分を落ち着けるためです。
しばらくそうしていると、ふと気づいた時には私の真正面に一人の少女が立っていました。
「あの、愛しの我が君。大丈夫でしょうか?」
姿を表したのは、七竈八色さん。私をストーカーする、勇者として召喚された子達の中の一人です。
七竈さんは私の前に姿を現さない、という約束だったはず。ですから、こうして私の前に現れたのには意味があるはずです。
「どうしましたか、七竈さん」
「それは、あの、私が言いたいことでしてっ! 愛しの人が、なぜ最近になって悲しそうにしていらっしゃるのか、その、どうしても知りたくて、あとは心配もあって」
あの、その、と口籠りながらも、七竈さんは私を心配するような様子を見せてくれます。
それだけ、私の様子がおかしかったということなのでしょう。姿を見せない約束を破ってしまうほど不安になる、そんな姿を晒していた自分が情けなくなります。
「ご心配をおかけしましたね。もう、大丈夫です」
「えっと、それって本当ですか? 美樹本さんのことを気にしているんですよね?」
ずばり、七竈さんはことの本質に切り込んできます。思えば、この子は私のストーカーです。恐らくは私以外で全ての事情を事細かに知っているのはこの子だけなのでしょう。
むしろ、第三者であるが故に、私以上に私の状況に詳しいかもしれません。
「確かに、その通りです。私は、有咲さんの気持ちを無視した。有咲さんを自分の為に利用するような真似をした。それなのに、まだ有咲さんがまるで自分のもののような気持ちでいるんです。こんな、どうしようもないことを考えてしまう自分が情けなくて、最低だと感じています」
私は正直な気持ちをつい漏らしてしまいながら、はあ、とため息を吐きます。
すると、七竈さんは怖いぐらいに爽やかな笑顔を浮かべて言い始めます。
「大丈夫ですっ! 愛しの人!」
何が大丈夫なのか分からず、私は首を傾げます。七竈さんはそのまま勢いよく話を続けました。
「私なら、貴方様の為になれるのならどんなことだってします! 貴方様の幸せが私の幸せ。ですから、貴方様がどこの馬の骨とも知らない男のところに嫁げと言えば、私なら喜んで嫁ぎます!」
常軌を逸する七竈さんの発言に、私は呆気にとられてしまいます。が、構わず七竈さんは一方的に話を続けます。
「なので、きっと大丈夫です! 貴方様を愛する私だって本望ですから、きっと同じように美樹本さんだって本望のはずです! だから、愛しの人が心配したり、気に病んだりする必要なんて一切無いんですっ!」
七竈さんは、一生懸命に私を励まそうと言葉を尽くします。しかし、その言葉が続けば続くほどに、私の中にはある疑念が育っていきます。
まさか、とは思うのですが。もしかすると、有咲さんもまた、七竈さんと近い心理状況にあったとすれば。
私の事業をより円滑に、大きく成功させる為、侯爵家との縁作りは極めて有用です。つまり有咲さんと侯爵の婚約は、考えようによっては私の幸せにつながると言えます。
もしも、有咲さんがそう考えているのなら。七竈さんのように、私の為に、という理由でルーズヴェルト侯爵との婚約を決めたのなら。
突然、一人でルーズヴェルト侯爵に婚約を申し込んだことにも説明がついてしまいます。
そして、この説の信憑性もある程度は高いと言えます。
何しろほかならぬ私自身が、同じようなことをしているわけですから。有咲さんが幸せになるためであれば、私はあの子を、一人の女性として見るわけにはいけません。誰か私以外の立派な男性と結ばれて、何の不安も無い人生を送るべきなのです。
そんな選択を、私自身がしているのですから。有咲さんもまた、自分よりも大切な人のことを優先して、本来選び得なかった選択をする可能性があるわけです。
それに気づいてしまうと、途端に足元が、全ての前提が崩れるような気がしてきます。私は有咲さんの幸せにつながると思って、今まで行動してきました。ですが、もしも有咲さんがやってきたことが私の為の選択だったとすれば。
私は今まで、ずっと私だけの為に行動していたのだと、そう言う他ありません。
途端、目の前が真っ暗になります。不快感と焦燥感を混ぜ込んだような、訳の分からない情動が脳裏を支配します。何も考えられない。ただ絶望が押し寄せてきます。
ともかく、出来ることがあるとすれば、一つ。
有咲さんの、真意を確認することです。
「ありがとう、ございます。七竈さん」
私は、まだ話している途中であった七竈さんを遮り、そう呟きます。
「お陰で、気付くことができました」
「え、あの、えっ? どうされたんですか、愛しの人っ!」
一方的な感謝の言葉を告げ、私はその場を離れます。困惑する七竈さんを置いて、私は駆け出しました。