12 ドラゴンの生態(仮説)
「とまあ、話は逸れちゃったけど一旦ドラゴンの話に戻ろっか」
シュリ君はそう言って、話の軌道を修正します。
「結論から言うと、ドラゴンが体内に未知の金属を生成する器官を持っている可能性は高いね。理由としては、まずこの金属が今まで世界中のどこからも発見されていないこと。ミスリルは魔法に対する抵抗力の強い金属として有名だけど、ここまで露骨に魔力を弾くような性質は持っていない。他の魔法抵抗力の強い金属も同様だよ。つまりインシュレイターはドラゴンの鱗からしか発見されていない。っていうか、オトギンが世界初。ってことはインシュレイターはドラゴンの鱗にしか存在しない金属ってわけで、なら出どころはドラゴンの体内しか無いよね、っていうシンプルな理論だね」
確かに、世界中のどこにも存在しない金属だというのであれば、ドラゴンの体内で作られている可能性は高まります。
これが他の手段で抽出されたものであれば合金による物性の変化を疑いますが、私の場合はスキルで抽出したわけですからね。インシュレイターは純度百パーセントの、紛れもない単一の金属で構成された物質です。
「で、もう一つ理由があるんだけど、ちょっとオトギン、例の四天王から採れた金属の方も、この小さいインシュレイターと同じぐらいの大きさで取り出してくれない?」
「了解です。こんな感じでしょうか」
「うんうん、オッケー!」
私は言われたとおり、小豆程度のサイズにしてアレスヴェルグから採れたインシュレイターを取り出します。
これをシュリ君は受け取り、二つのインシュレイターを机の上に並べます。
「じゃあ、ちょっと見ててね。今からボクが魔力を可視化して発生させるから」
言って、シュリ君は目をつぶり、集中した様子で掌を二つのインシュレイターにかざします。
すると、シュリ君の掌からまるで煙のように微発光する魔力が流れ出します。これが重力に従うように降りかかり、インシュレイターを包み込みます。
「おや?」
そして、私は気づきました。
二つのインシュレイターの魔力を弾く強さが、まるで違うのです。
シュリ君に渡されたドラゴンの鱗から抽出した方は、確かに魔力を弾いているのですが、どちらかと言うと流れが何かに阻害され、逸れていくような印象を受けます。
一方でアレスヴェルグから採取したインシュレイターは、本当に文字通り弾くような勢いで魔力の流れと反発しており、そもそも反発する領域も広く、魔力が存在しない空間が二倍から三倍ほどの大きさになっています。
「これは、妙ですね」
「分かったかな? つまりオトギンの持ってきたものと、今ここで作ったものでインシュレイターに性能の違いがあるってことなんだよ。何か特別な処理をしたわけじゃないから、この違いの原因は単純に抽出元、つまりドラゴンの種類によるものだと推測できる。つまり、種類によってドラゴンは性質の違うインシュレイターを保有してるってわけ」
そこまで説明すると、シュリ君は魔力の放出を中断します。インシュレイターを包むように漂っていた魔力の光は次第に霧散し、消えました。
「どうしてドラゴンごとに性質の違うインシュレイターが抽出出来るのか。食べ物や環境によるものである可能性もあるけど、それらはドラゴンの鱗以外からインシュレイターが見つかっていない現状を踏まえれば低い可能性、影響度だと予想できる。となれば、やっぱりドラゴン毎に違う器官が体内に備わっていて、そこで異なるインシュレイターが生成されていると考えればスッキリするよね。予想としては、まあまず最初に検証したい大本命ってわけ」
ドラゴンの体内で異なるインシュレイターが生成される。だから、インシュレイターの性質もドラゴン毎に異なる。その理屈は単純ながら、現状分かっていることを纏めると最初に予想される仮説になります。
そしてその仮説が予想されるからこそ、ドラゴンの体内にインシュレイターを生成する器官が存在するという仮説もまた、より強い期待を持って予想出来るわけです。
「もしもこれが事実なら、ドラゴンの素材に革命が起きるよ。まずは価値の変化。ドラゴンの鱗が魔法を弾くというのは有名な話だけど、素材ごとの程度の差が出るのはドラゴンの強さ、つまりどう成長したかに依存していると思われてたわけだよ。そこから可能性として低級のドラゴンの素材でも、処理次第で上位のドラゴンの素材に匹敵する性能を発揮できる、という議論もされてきたんだけど、それが根本から覆るだろうね」
処理をどうやったところで、そもそも鱗に含まれるインシュレイターの性能からして差があるのですからね。そこに焦点を当てて考えない限り、既存のアプローチが成功することは無いでしょう。
「希少なドラゴンの鱗の価値は跳ね上がって、そうでないものは下がる。数よりも質ってのは既にそうなんだけど、それが今まで以上に強くなるはずだよ」
「誰でも、使うならより質のいいものを求めますからね。そして、その質が他の手段で埋めることの出来ない差によるものであったなら。質の良いものの価値、需要は自然と高まるというわけですか」
「そうそう、そういうこと」
シュリ君は私の見解に頷き、さらに話を続けます。
「それに、魔法の分野にも影響が大きい。今までドラゴンの鱗は他の部位とは違って魔法の触媒にするには不適切だとされてきたんだ。でも、その原因が成分として含まれているインシュレイターにあるなら話が変わる。インシュレイターを抽出した後のドラゴンの鱗が、どんな魔法でどのように生かされるのか。研究すべきことが山程あるね」
今まで、ドラゴンの鱗は魔法を弾く物体だと考えられていたわけですからね。それが鱗そのものではなくインシュレイターによるものだと判明すれば、逆に鱗単独の利用方法にまで話が広がるわけです。
「なかなか、大きな話になりそうですね」
「そうだよ、オトギン。だからこの偉大な発見をしたオトギンには、インシュレイターに名前を付ける権利がある」
「名前、ですか」
「ドラゴン毎に違うインシュレイターが作られているわけだからね。それらを総称する言葉はインシュレイターでも良いとして、ここで見つかった二つの物質に関してはオトギンが命名しちゃって良いと思うよ?」
「なるほど」
新しい元素を発見した時の命名権のようなものなのでしょう。
少しだけ考え、すぐに決定します。
「こちらの、普通のドラゴンの鱗から採取した方のインシュレイターはドラシウム。私が持ち込んだ方の物質は、四天王の名前にちなんでアレシウムと名付けましょう」
「ドラシウムとアレシウム、ね。おっけー了解!」
言って、シュリ君は近くの黒板に二つの物質の名前をメモしました。
「で、最初の話に戻るけどさ。オトギンはボクに、このアレシウムともう一つ、ダークマターだったっけ? これらの検査をお願いしたいんだよね?」
「はい。どのような性質を持つ金属なのか、より詳細に知っておきたいので」
「おっけー、わかったよ。とりあえずドラシウムも含め、色々実験して確かめてみるよ」
シュリ君は言いながら、私が用意した二つのインゴット、アレシウムとダークマターの二つを容器の中に入れ、密封して片付けます。ダークマターの呪いを受けないよう細心の注意を払いながら。
そうして二つのインゴットを片付けた後、こちらを向いたシュリ君が問い掛けてきます。
「で、こんなもの調べさせておいて、何に使うつもりなのかな?」